(古文書入門⑦)昨今古文書講座事情
・中高年組の古文書学習 わたしは古文書講座の講師をやってだいぶ長いのですが(大学院生時代からですから7~8年でしょうか)、受講いただく方々は所謂「団塊の世代」以上です。最近は若い方もちらほらみえますが、おおむね中高年組です。
わたしが「昭和49年(1974)生まれだ」というとたいてい驚かれます。壇に登っている先生と机に座っている受講生で、年齢は後者のほうが圧倒的に上である。この逆転現象は学校教育にはあまりみられません。「失礼ながら、どうも生徒であるみなさんのほうが、江戸時代に近いようで」と頭を掻くとどっと笑う。滑稽な風景です。当方が「むかしは数え年ですから」というと、あちらは「そりゃそうですよ」というし、当方が「むかしは路にアスファルトなんてありません」というと、あちらは「そういえばそうでございましたね」と頷く。これにはもうかないません。
たしかに懇意にして頂いている北原進先生(元・江戸東京博物館都市歴史研究室長)も「わたしだって高尾くんみたいな若い時分に、講義で日露戦争の話をしたとき、受講生に出役したひとがいて」と仰って苦笑なさっていたから、だいたいいつの時代も似たような現象があるのかもしれません。であるにしても、ここ戦後60年の社会の変わりようはどうでしょう。時の流れに緩急のむらがあるとして、戦後から現代の時の流れは途方もない急であって、この先生と受講生のあいだの断絶はどうにも埋めようがありません。
・人生経験の重み そんな受講生の方々は自分というものをしっかりともっていらっしゃる。
たとえばわたしが「これこれという字典がいいですよ」とお薦めしても「いや、わたしはこれを使う」と頑固に仰る。それはそれで結構なことで、その〝信念〟の固さに驚かされます。むろんわたしにもお薦めする合理的な根拠があるわけですが、60年以上生きてきた人生自体もしっかりとした根拠です。〝ながく生きた〟という事実自体におおきな説得力があって「わたしはこれを」と仰るときに人生経験の重みを感じます。
そういう人間のおもしろさを感じることができるのも古文書講座講師の余禄といえるでしょう。
・おかあさん方はすごい さて受講いただく方々の中をみわたすと、男性と女性とでは顕著なちがいがあって、意欲的な反応をしめすのは圧倒的に女性です。
この女性の方々、―わたしの母親の年齢層以上の方が多いので「おかあさん」とよびますが―、おかあさん方はわからないなら「わからない」と仰るし、感心するなら正直に声をあげて感心する。わたしがすこし意外なことを発言すれば、おかあさん方はわたしに「うそォ」と声をかける。わたしも負けじと苦笑して「それはですネ」と答える。これは聴衆100人くらいいても同じです。
このように黙って聞かれるよりもわかりやすく反応して頂ければ、話しているこちらも幾分か楽なのです。あまりやられると閉口しますが時々なら大歓迎です。この反応をするということはもの学びにとってとても重要な要素です。古文書に限った話ではありません。
世のおしゃべり好きのおかあさん方は「今更もの学びなんて」と仰るかもしれませんが、このような意味でとてももの学びに向いていらっしゃると思いますけれども如何でしょうか。
・もっとひろい世代に このように古文書講座は何故中高年の方々ばかりなのでしょうか。
いつかの新聞記事によれば、古文書講座に参加するあるご老人は「私たちの青春時代は戦争だったので楽しみがありませんでした」と仰っている。しかしそれにしても何故外国語・陶芸教室・料理教室ではなく古文書なのか。単純に考えれば「古文書=古い=ノスタルジー」という発想でしょうが、もしそうだとすれば若いひとも取り込む作戦を考えなければなりません。
中高年の方々だけでなくわかいひとにも親しめるようにしたい。その意図で、わたしの講師の経験から、いつか自分なりの古文書入門書を出してみたい、と思うようになりました。英語・フランス語・韓国語を学ぶのと同じような気持ちで、「古文書を勉強してみたい」というひとたちを増やすためです。
たしかに字典類を含めて従来多くの古文書入門書が出版されてきました。しかしわたしを満足させる本はあまり多くはありません。それは「なぜ古文書を読むのか」「どういうメリットがあるのか」「古文書を読むときの気持ちはどうか」など、古文書を学ぶ本質にふれた本があまりないと思うからです。より正確に表現するならば「古文書入門<一歩手前>入門書」が必要であるということでしょうか。
古文書の知識がひろまることによって文化財理解の一助にもなります。そんな歴史研究人としての〝下心〟はさておき、世代をこえてみんなが抵抗感なしに古文書講座に足がはこべるような環境をつくることがまず大事ではないでしょうか。
昨今の古文書講座事情から最近そんなことを考えています。
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