2014/04/06

(雑感)いつから「歴史」は暴走し始めたか?

・トンデモ本が増えてきたのは明治の老人がいなくなってからか? わたしの曾祖母は明治30年の生まれで、わたしが中学生の時に亡くなりました。もし彼女が存命であれば、116歳くらいになっている筈で、世界最高齢クラスになるでしょう。それを思うと「明治は遠くなりにけり」の言葉通り、明治は遠くなったのです。 わたしは中学生の頃から本屋巡りが趣味でしたから、自然、曾祖母が死去した頃から、本屋の歴史書コーナーの背表紙をずっと定点観測してきたことになりました。その上での雑感ですが、ちょうど明治の老人が鬼籍に入る頃から、歴史書コーナーの背表紙が暴走し始めたという感を抱いています。もちろんこれはわたしの雑駁な感想でさほどの厳密さはありませんが。 

・増え続ける歴史系トンデモ本 最近、歴史系トンデモ本が増え続けています。たとえば、いま流行りの「江戸しぐさ」など……、ここでは書くのをやめておきましょう。 とはいえ、かくいうわたしも、時代考証無視の時代劇に(ムム、ケシカラン!)などと叫び声をあげるような狭量さは持ち合わせていないのです(わたしも時代考証の仕事をしたことがあり、その限界は重々承知)。まあまあ、いいじゃないの。歴史学を修めているひとたちは、教科書問題など政治や教育に関するイシューを熱心に議論することはあるものの、いちいち細かい俗書の類を議論の対象にすることはありません。論文を書くので忙しいし、研究は面白いし、それどころじゃない。それ以前に就職しなきゃ。 でも、この先、どうなってしまうのだろうという、ぼんやりとした危惧があります。「歴史」はどこへ行ってしまうんだ? 知らない間にコロコロと転がるボール、ドブにポチャン……。自己批判を含めて。

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2006/03/01

(生活)子ども三昧

200261 ・子ども好き? 勤務日数のすくない非常勤暮らしをして家庭をもっていると、まったく仕事のない休日をどう使うかが、おおきな問題となる。
 むろん研究者をめざす者として、研究をしたいのはやまやまだが、家庭に子どもが3人もいるのでそうもいかず、「家族サービス」 (女房にいわせると、それは当然の行為であるから、「サービス」と表現すべきではないようだ) に勤しむわけである。
 わたしのこのブログを読んで下さっている方から、よく「親ばか」などといわれるが、実はわたしはそれほど子ども好きでもない。折角の休みだから、正直子どもと遊ぶ気分にはなれず、「はやく本を読みたい」「テレビをみたい」「新聞を」などと考えて、いつも女房に叱られている。
 むろんわたしも子どもはふつうにかわいいとおもうし、そのうえ自分の子どもであるから、目の中にいれていたかろう筈もない。しかし長い時間、それも一日中遊んでやるとなると話は別である。悪戯はするし暴力はふるうは喧嘩はする。小悪魔といっていい。ちょっと油断するなら、お茶の入った湯飲みにミニカーが浮かんでいる。

 わたしなんて毎日よ

 と女房にいわれて「ごもっとも」と思うが、なんとも疲れる。

・「子ども好きなんですよ」? 「子ども好きなんですよ」とは、スルメが好きとかチョコレートが好きとかいうふうに、独身の男女が異性の気をひくために(家庭的なイメージをアピールするためか)よく口にするコトバであるが、これはたいてい信じてはいけない。よく「甥っ子(姪っ子)がいてかわいがってやるんです」というフレーズもあるが、これも信じるには価しない。なぜならその甥っ子(姪っ子)は、近所に住んでいたとしても、ぷいっとすぐに家に帰ってしまう筈である。子どもが好きかどうかなんて、自分の家庭に子どもがいない限りは、わかりっこないことである。「毎日子どもと暮らしても何も腹が立ちません」という、仏のような慈悲に溢れるひとをこそ「子ども好き」とよぶべきであろう。道を歩いている子どもが可愛いなんて、当たり前のことで、だから子どもは誘拐されるのである。
 だいたい毎日子どもと相対していると、どんな善人でもムカッと腹のたつもので、自分の子どもならよその子どもより寛大になれるものの、それでも苛つくものである。
 わたしは自分自身が子どもであるせいか、いつも子どもとチャンネル争いやらおやつの争いをしている。女房いわく、

 あなた、おとなでしょう? いくつ?

 はいはい、今年でめでたく32歳ですよ。しかし許せないことは許せないのである。わたしも『負け犬の遠吠え』の酒井順子さん世代のエゴイストなのかもしれない。

・休戦 しかしながら子どもの心には波がある。時々ちょっと親の気をひこうとするときもあって、そんなときは親のいうことを気味が悪いくらいによくきく。何故なのかはよくわからない。おそらく「悪戯をして怒られる」といういつものサイクルに草臥れてくるのかもしれず、親の愛情を欲しくなるときなのかもしれない。所謂「休戦」。そんなときはきもちよく遊んでやることができる。
 そんなとき、4歳になる長男から、〝おとうさんの絵〟なるものを貰った。いつも「おとうさんなんて…」といっている長男の手によるものである。
 どんなものか、おそるおそるひらいてみると、はたして鬼のような顔はしていなかった。似ていないようで似ているようでもある。とにかくほっとして、大切に畳み、部屋の隅にしまっておいた。

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2005/08/11

(名前と人格)名前を変えるということ

 インターネットでは実名・仮名の論議が盛んですが、そもそも名前を変えるとはどんな意味があるのでしょう。
 大入りだった宮崎駿の映画『千と千尋の神隠し』では、「千尋」という女の子が「千」というなまえにかわったとたん「千尋」だったころの記憶をなくしてしまう、という場面がありました。これは日本人の命名観をよく反映した興味深い場面です。
 日本人はむかし名前を変えるという風習をもっていました。商家に奉公した場合名前を変えることがあります。仕事場には自由な日常と一線を画す別人格があるという理解でしょう。そして主人から〝命名〟されれば、文字通り命が与えられて主人の支配下に入るという意味もあるでしょう(もっともほんらい「命名」の「命」とは戸籍のことをさします)。
 いっぽうひとりの人生にも人格の変化があります。幼年のころと壮年のころと老年のころでは人格の雰囲気が違います。したがって、幼いころには幼名を、元服や家督を継げばその名前を、隠居したら隠居名を名乗る場合もあります。それだけ人生の節目を意識したということでしょう。それからすれば、佐原村村役人伊能三郎右衛門忠敬のように、隠居してからあたらしい人生をあゆみだすひとがいることもおおいに頷けます。彼の隠居名を「勘解由」といいますが、「三郎右衛門」には「三郎右衛門」の、「勘解由」には「勘解由」の人生が待っていたわけです。
 
 江戸時代の戯作者や現代の作家でも同じです。
 武士で偉そうに「秋田藩江戸留守居役平沢常富」と名乗っていたとしても、ある一面では「朋誠堂喜三二」と名乗って戯作を書いているということもある。四角四面の世の中でまじめくさって藩に仕える身でも家に帰ればくだけた一面がある。「産経新聞記者福田定一」と「作家司馬遼太郎」のあいだも大きい。このような変身をとげるにはやはり名前を変えねばならない。
 勿論本名で書くには憚りがあるということもあるでしょうが、人格を変えようというメンタリティの側面も無視はできません。

 ブログ上で名前を変えることもこれとよく似ています。インターネット上の仮名で所謂「ハンドル・ネーム」とよばれるものです。
 たとえばわたしが仮に「コモンジョクン」というハンドル・ネームで文章を書いたとしても、読むひとによっては書いてある内容から推測して「コモンジョクン」=「高尾某」だとわかることもあるかもしれない。しかし世の中のひとは心得たもので、よほど問題発言や過激発言をしない限り、いちおう「コモンジョクン」と「高尾某」とは別人格と解釈され、「コモンジョクン」としてのインターネットでの〝おふざけ発言〟はとりあえず大目にみられる場合が多いようです(もっとも実際わたしは実名で書いていますがそのてんでどうのかよくわかりません)。
 ハンドル・ネームを使う意義には、身元がばれるかどうかは別として一応「<浮き世のわたし>とは別人格ですよ」という何気ない主張をすることができる、ということもあるのではないでしょうか。

 であるにしてもやはり発言に気をつけなければなりません。
 ハンドル・ネームだからといってもすまされない場合もある。インターネット社会においては、政治家などの言論人以外の一般市民であってもちょっと気がゆるめば大変なことになりかねない。政治家の軽々とした発言を揶揄するわたし自身、たくさんの発言の機会を与えられればそれなりにヒヤリとする発言をしてしまうことだってないことはありません。
 ところでわたしたちの日本社会には、一言でいって、〝内側〟にむかって「正義」(クサイ言葉です)が閉じこもる、という特徴があります。自分の所属する社会、たとえば自分の大学・自分の会社・自分の部署に近ければ近いほど、自分にとっての「正義」になってゆき、遠ざかれば遠ざかるほどその「正義」から遠ざかる。たとえば電車の中で或る人と口論になる。知らないひとだからこそ高飛車になれる。しかし相手が自分の会社の上司のお婿さんだとわかれば急に卑しいほどに低姿勢になる。現在の道路公団談合事件がおこった原因も実はこれと同じ理屈であって、自分の会社の「正義」と法律の「正義」とは別物である。つまりは社会人類学者中根千枝さん『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書)にあるような社会のことです。インターネットにおけるハンドル・ネームもこの日本人社会の息苦しさをガス抜きするような役割を果たしているのかもしれません。匿名で野放図な発言をすればいろいろな日本的共同体社会から解き放たれて、自分が巨人にでもなったようなおおきい気分がするのかもしれません。むろんそれはそれで結構なことだけれども(しかしチンケだなあ)繰り返すようですがやりすぎはよくない。ハンドル・ネームだからといって安心することなかれ。あまり調子にのっていると今後「別人格だから」という言い訳が通用しないような雰囲気がつくられるかもしれません。
 ハンドル・ネームの方々に老婆心ながら一言。

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2005/07/25

(日常)人生談義逍遥

 たかが31歳で人生談義もあるまいという向きもあるかもしれませんが、人生白紙の若い人だからからこそこの話かもしれません。学会の飲み会に出ると若い人はこの話です。歴史学なんて喰えない学問やってこの先どうするのか。
 わたしの父もわたしをみて「馬鹿なやつだ」というふうにみているようですが、わたしだって自分自身がよくわかっていないから何とも答えようがない。たとえていえば、ひらひら飛んでいる蝶を追っかけていた子どもが、夢中のあまりいつの間にか空き地に放置されている土管の中に入ってしまい、身動きできなくなっているという感じでしょうか。ひとは麺麭のみで生きているわけではないから、非合理的な人生を歩まざるを得ない場合もあります。

 多くのふつうの人たちにとって、日常生活はつまらないことの積み重ねであって、実際に日記を書いてみるとそれがよくわかります。毎日記事を書こうとすればすぐに書くねたがなくなってしまうでしょう。「エッセイなど誰でも書ける、エッセイストなど原稿料泥棒みたいなもんだ」というひともいますが、ほんとうはちょっとした文章でも数多く書きこなすのはとても骨の折れる作業なのです。そのくらいに、ふつうは人生はつまらない。
 それでは劇的な人生はすばらしい人生か。もし毎日映画のような大冒険ばかりというなら、人生に退屈しないかもしれませんし、日記のねたにも困らないかもしれません。けれどもそれでは心臓がもたないかもしれず、健康面の危惧があるし、実際にはそもそも日記などの文章を書いている暇なんてないかもしれない。
 だから結局は平々凡々たる人生が丁度よいのかもしれません。そのてん自分の好きなことばかりやっている起伏の多い人生というのはどうでしょうか。ちょっと疲れないだろうか。

 わたしの大叔父は陸軍士官学校で終戦間際の青春を過ごしました。その大叔父がわたしに「いい人生歩んでいる」という。なぜというなら、

せっかく大企業に勤めたって、その企業が潰れるかもしれん。やっぱりやりたいことをやるのがいい。

 と仰る。奨学金という大借金を抱えていても、非常勤生活が長くても、わたしのような学問人生のほうがいいらしい。いまの世の中餓えることはないから。そういえば昨今、どんな不況になっても餓死というニュースはあまりない。
 大叔父は終戦で世の中がひっくり返って、それで軍人としての自分の価値観まで一緒にひっくり返ってしまった。彼の説の当否は別として、乱世をくぐり抜けてきたひとのいうことは違います。わたしとしては自分の歩んできた途がいいのかわるいのか、さっぱりわからないので、わらって「そうですか」としかいえず、とりあえず大叔父のお言葉をありがたく頂戴しておきました。

 しかしながらわたしのような似非学問人生をおくっていると、専任になるまえの非常勤生活が長いので、早死をしてしまうかもしれない。独身ならともかく家族持ちはあぶない。実際非常勤身分のままで家族をもち、生活苦から過労死するひともいます。わたしはといえば、ブログを書ける程度に日常生活にゆとりをもたせ、適度にちからを抜いています。あまり無理せぬように。半分あきらめの老荘の境地に入ったつもりでいるしかない。
 ただ人生ちょっとバクチすぎないか。肉体的・精神的につらいわたしも、少なくとも50歳くらいまでは生きたい。子どもが成人するまでということもあるし、自分の研究のこともある。人生は「どれもこれも」というわけにはいかないというのに。

何もやらずに長生きすることは早死にすることと一緒である。逆に早死にしても濃密な人生ならばそれは長生きしたことと同じである。

 というような意味のことを幕末の武雄鍋島家の当主がいっています。すきな言葉なのですが、どこの文献だったか失念しました(それがわたしらしいところですが)。
 時々このことが頭の中をかすめます。そんなとき無意識に未来の愚息たちの成人姿を想像したりします。

(付記)この稿をかいたあと、杉浦日向子さん死去の報に接しました。ご享年は46歳ということで、わたしの目標とする50歳に4歳も足りません。さきの武雄鍋島家の殿様の言からすれば「ご長命」といえなくもないのでしょうが、もっとたくさんの作品を拝見したかったというのが正直なところです。ご冥福をお祈り申し上げます。

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2005/07/19

(歴史観)勤労者の歴史

 「ハナ金」の風景ほどみていて気持のいいものはありません。
 金曜日の夕方の電車の中。サラリーマンたちが、暖かい夕焼けの薄日に包まれて、休みを迎える安堵感と労働のあとの心地よさを噛みしめつつ、家庭の話か今夜のナイターの話か麻雀の話か、とりとめのない話題をたのしんでいる。そんなとき、何気ない日常がこのうえもなく愛おしく思える。きっと人間はこのような日常に何百年、何千年と暮らしてきたに相違ありません。
 そう思うと、今日の文明社会の累積がべつの印象でみえてきます。

 ずいぶん前、当時マルキスト大学生だった親戚と一緒に奈良旅行をしました。彼はおもしろいひとで、奈良の神社仏閣の文化財をみてさかんに、

 こんなん、権力者がつくったもんや

 といって貶(けな)すのです。わたしは彼の性格と思想を好ましく思っていましたから、その言葉を何とも微笑ましく聞いていました。
 たしかに彼のいうことは間違いではありません。それら文化財はまさに権力者による構造物に過ぎません。しかしそれだけを指摘するのみならば、鉛筆を指さして「これは鉛筆です」といっているようなもので、何の面白みも発展性もありません。

 たとえば大仏ひとつ造営するにしても、誰が造営の命令者であるにせよ、造営に際しての幾万人の血と汗と涙があった筈でしょう。設計図をひいてその通りに造る技師集団の存在、土を掘り出し木を切り出す集団の存在、それを運ぶ集団の存在、直接造営の労働に従事する集団の存在等々、権力者の命令者を下支えする諸集団があったことを想像する必要があります。
 それに、権力者の命令に従う百姓(おほみたから)の側も、権力者からの「搾取」ということ以外に、御仏に何か期待をしたのかもしれない。その百姓たちの心理の問題は当時の社会状況の問題に繋がります。史料にないのでそこらへんはよくわかりませんが、どうなのでしょうか。とりあえずいろいろ考えてみる態度も必要なのではないか。

 さて、彼は現在優秀なサラリーマンになっています。
 時々仕事上での愚痴を聞かされます。かつてのマルキストも、冒頭に記した風景の中の、平坦な日常に生きる勤労者のひとりになった。それは彼の権力観・社会観にどのような影響を与えたのでしょうか。
 後学のため是非それを質問してみたいと思っています。「マルクスは何処へ行ったのか?」と。むろん揶揄するつもりはありません。むしろ転向というのは、高次元な人間の営みのひとつであって、とても神々しいものだと思います。

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2005/06/29

(江戸と東京)都市の作法

 江戸時代の話。江戸では混雑している風呂の湯船に入るとき、隣の人にお湯が撥ねることをおそれて、

 田舎者でござい

 と、声をかけるのだそうです。
 むろん、そのひとが本当に田舎者であるか否かということは、たいした問題にはならず、気軽な「失礼します」というほどの声かけに過ぎません。ただ、「失礼」を「田舎者」に代表させているあたり、江戸っ子の子どもじみた威張り方が表現されていて、わたしのような田舎者にとって、奇妙な可笑しさを感じさせます。

 ある日の夕方、東京近郊の混みあった電車の中。熊本弁を丸出しにして携帯電話で大声で喋っているおじさんがいました。
 すると、隣に立っていたおじさんが、堪えきれなくなったのか、その熊本おじさんを、もっていた週刊誌でぽかりと殴った。それに「なんだ、この野郎」と熊本おじさんも怒って、大喧嘩になりました。
 しかし、車内で「携帯電話で喋っていて何だ」というやじが何処からか聞こえてきて、あきらかに熊本おじさんの方にぶがわるい。それで、熊本おじさんも折れてしまい「わるかったよ」と謝ったが、いっぽう殴ったほうも「いや、殴ったおれもわるかったんだ、実は会社でいやなことがあってさ」と謝って、どういうわけか彼らは仲直りしてしまった。最後は両者で世間話をするようになりました。このおじさん2人は、団塊の世代くらいでしたが、やはりこの世代の連帯感は不思議なところがあります。
 それはさておき。
 東京の電車では「携帯電話のご使用はご遠慮ください」というアナウンスが流れますが、熊本地方にはあるのでしょうか。あったとしても、熊本は東京ほどに人口が過密ではないから、ナイーブな問題にならないのかもしれません。もしもそうなら、偶々東京に出てきた熊本おじさんにとって、予期せぬ災難だったわけです。先の「田舎者でござい」を思い出し、たいへん可笑しかった。

 さて、先日の東京山の手線の車中、やはり、席に座って大声で携帯電話で喋っている茶髪の若者と遭遇しました。ただ、しばらくしてその若者、突然バッタのように立ち上がった。どうしたことかと思ってみていると、

 どうぞ

 といって、何と目の前の老人に席を譲ったのです。
 これなんぞはどうでしょうか。
 車内で携帯電話を使えば、週刊誌で殴られるほどの極悪人らしいのですが、老人を目の前にして席を譲らない若者が殴られた、という話を寡聞にして知りません。エロ雑誌を読むおじさんや、大声で喋りあうご婦人方も、どうやら無罪(?)らしい。よく「携帯電話の電波が心臓のペースメーカーにわるい」といいますが、それなら車内で携帯電話のメールをみてみるひとはどうなるのでしょうか。
 そういうわけでわたしには世間の作法がさっぱりわかりません。とりわけ都市の作法というのは難しいことが多くて困ります。

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2005/05/30

(機器)プリンターが動かない

 先日1万円なにがしでプリンターを買いました。といってもプリンター・コピー・スキャナーの複合機だから、驚くべき廉価でした。
 講演用のレジュメをつくらなければならないので、さっそく使ってみました。一太郎のデータを打ち出して、家にある資料をコピーして貼り付ける。泣きたくなるくらいに便利でした。もうコンビニエンス・ストアでコピーに行かなくてもよい。むかし「千歯こき」を「後家たおし」とよんだのにならえば、これは「研究室たおし」とでもよぶべきか。とてもいいものを買ったと喜んでいた。
 ところが、9割近く仕上がったところで、プリンターの調子がわるくなった。印刷に時間がかかるし色にもむらがある。
 困ったので会社のサービス・センターに電話をかけてみました。これが大変でサービス・センターに繋がりにくい。何度かかけたが「しばらくお待ち下さい」というメッセージが流れて待たされる。やっと繋がったオペレーターの女性は、ご親切でしたが、話し方がえらい早口で横文字も多く、こちらにはわかりづらい。

(オペレーターの女性) 「××の○○がカラになっていますか?」(横文字が多くてすごい早口)
(わたし) 「なに? カラ? 『color』(カラー)?」(ちょっと聞き取りにくいぞ、もしかしたらまた難しい横文字かもしれないぞ、と身構えている)
(オペレーターの女性) 「カラでございます。カ・ラ。『empty』のカラでございます」
(わたし) 「なんだ、カラですか……」(『color』(カラー)でも『唐』(から)でもないらしい、こんどは日本語を横文字で説明されちゃったぞ!)

 こんなふうに会話がときどき喰い違う。
 プリンタの小さな扉にまで大層な横文字の名前がついているのには閉口したし、そのうえ先方に「返答マニュアル」があるのか、それを使ってベラベラと一方的に早口に話しかけてくる。それでは一体何をいっているのかさっぱり理解できない。ふだんは古文書みたいなものを読んでいる人間なので勘弁してもらいたいのですが。それで、「鉄道」を「くろがねのみち」とよむ本居宣長みたいな人間と、株価ディーラーのキャリア・ウーマンみたいな人間との、異次元対決とあいなった。
 といっても、わたしは人間ができているから、これしきのことで喧嘩はしません。また、「そんなことも知らないのか」といわんばかりに教えられても、購入して2日のこちらは手も足も出ないから、とにかく我慢しておきました。これではお店もお客もない。ひさしぶりに生徒の気持ちが少しわかったような気がしました。機械や機械のような人間との交渉事においては、〝辛抱〟の二文字が必要なようです。
 そんなことで一日潰れました。いったい何をしたのか。ブログに話題を提供できたくらいのことでしょうか。このプリンター問題はいまもって解決していません。

 そういえば、いつか大手銀行のATM(銀行の自動受払機)が誤作動して社会問題になったとき、ある政治家が「こんな機械化された時代にありえない事件だ」と論評していました。しかしそれをいうなら「機械化された時代だからこそおこる事件」というべきでしょう。
 テレビ・電子レンジ・洗濯機はボタンが幾つもありますが、説明書なしでも動かすことができるし、あまり故障はない。ところがパソコンやその周辺機器とくると、高いお金を支払ったわりには機械がいうことをきいてくれない。これでは家庭用品としては失格ではないか。マイクロソフトのひとり勝ちで企業側の自浄作用が働かないのか、機械が精密すぎるせいか、わたしのような素人には事情がまったくわからない。
 何れにせよ、便利だからパソコンを買わないわけにはいきません。文句をいってはいけないのでしょうか。こう考えるわたしがわがままなのか。

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2005/05/20

(出版)同じ本が多くはないか

 「最近、歴史と旅がブームなのか」と気がついたのは、世界文化社の『週刊 日本の伝説を旅する』シリーズのモニターをしていたときでした。もしこのお仕事がなければ気がつかなかったでしょう。

 特に、体裁も内容も酷似した傾向の本が、さきの『週刊 日本の伝説を旅する』を含めて、4つも出ています(これ以外にもあります)。すなわち、①週刊である・②大判である・③薄手である・④定価560円である・⑤内容は「歴史と旅」である・⑥カラーである(写真をふんだんに使う)、これら6つのてんにおいて、すべて同じです。何れも大手出版社で、順不同で挙げると以下のようになります。

 ①『週刊百科 司馬遼太郎 街道をゆく』 朝日新聞社 定価560円(税込)
http://www3.asahi.com/opendoors/hyakka/kaidou/index.html
 ②『学研 グラフィック百科 週刊日本の街なみ』 学研 定価560円(税込)
http://www.gakken.co.jp/gg/mati/
 ③『週刊 日本の伝説を旅する』 世界文化社 定価560円(税込)
http://www.sekaibunka.com/den/
 ④『週刊 四国八十八カ所遍路の旅』 講談社 定価560円(税込)
http://shop.kodansha.jp/bc/henro/

 とりあえずここでは、どれが〝元祖〟でどういう順番で出版されたかは、気にしないことにしましょう。それにしても、なるべくバラエティに富んだ企画を読んでみたい読者にとって、これは少々残念な傾向かもしれません。
 このような同工異曲の「二番煎じ型」は、出版界ではいまにはじまったことではなく、テレビ番組の世界にも時々みられますが、ちょっと納得がいかない。もちろん、ある程度目論見の立つ〝安全出版〟と、「のるか・そるか」という〝野心出版〟の両方をやっていないと、会社が潰れるのだ、という理屈はわかります。しかしだからといって、体裁から内容まで何から何まで似せなくてもよいような気がするし、差別化をはかる努力がすこしはあってもよいのではないか。
 「出版業が下火だ」と何処かで読んだことがありますが、インターネットに押されるでもなし、テレビに負けるでもなし、寝床で本を読んだり、通勤時間で雑誌をめくったりするひとも少なくないから、余暇と知的関心がある限り、やはりおもしろい本ならどれだけでも売れるのではないか。あまり保守に走りすぎると、出版界全体にとって、かえって望ましくない状況がおきるのではないでしょうか。
 といって、わたしも出版界には無知の素人だから、えらそうなことをいえる立場にはありません。しかしこれは一読者としての偽らざる感想です。

 さて、わたしがある後輩と会ったとき、たまたま「自治体史」(「××県史」「○○市史」などといった自治体がつくる歴史の本)の話になりました。喰えない歴史系大学院生・オーバードクターのひとたちにとって、「自治体史」のアルバイトは貴重な資金源になります。
 その後輩によると、「自治体史」の分担執筆作業で、えらい難しい言葉・文章を書いた原稿をよこす研究者がいるのだといいます。そのひとは一流の研究者ですが、「自治体史」を学術論文執筆と同じ考えで書いているらしい。「いやあ、あれはボクでも(内容が)わかりませんよ、……あれをおじいさん・おばあさんが読むのかと思うと」と笑う。
 そもそも「自治体史」は自治体の公費で編まれています。だから、その土地の歴史愛好家(あるいは夏休みの自由研究に追われる生徒までも含むかもしれない)も読者の射程に入れた、みんなにひらかれた〝土地の歴史書〟であるべきです。したがって、極力専門用語は排すべきだし、表現も易しく親しまれるように書かねばならない筈です。専門家もその知識を上手に披露する技術をもたなければ、もし自治体史で「先生」と呼ばれていたとしても、出版社からはお仕事を頂戴することはできないでしょう。自省の念をもこめて。

 学会の報告を聞くと、おもしろいねたにあふれています。何かかわった出版企画はできませんか。歴史学研究会などの大きな学会で、真面目に討議してもよいくらいだと思います。

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2005/04/16

(講演・発表)自意識過剰

 最近は講演や研究発表をさせて頂く機会が多いのですが、苦慮するのが時間制限内で話を終わらせることです。
 「2時間喋れ」といわれれば2時間の内容を、「1時間半喋れ」といわれれば1時間半の内容を、「30分喋れ」といわれれば30分の内容を、それぞれ用意して喋ります。したがってそれぞれ喋るペースも違います。時間がなければテンポをはやくし内容も濃くします。逆に時間があればテンポをゆっくりにし無駄話をすることもできます。
 以前は発表時間を守らず(守れず)、時間オーバーしてしまうこともしばしばでした。しかしあるとき「それは自意識過剰ではないか」と反省し、時間をきっちり守ることにしました。
 この「自意識過剰」とはこういうことです。時間を守らないことは「時間なんていいから俺の話を聞け」と主張していることと同じで、折角話を聞いて頂いている方々に傲慢・失礼ではないか。当然のことです。またある先生からこんなこともいわれました。「短い時間で纏められないのは頭の悪い証拠」。

 さて、わたしの学会デビューは、大学院修士課程1年生のときでした。日本史関係卒業論文発表会、大学を代表しての登壇です。会場は駒沢大学でした。
 まえの発表者の報告が終わり、いよいよ次は自分の報告の番です。緊張して動悸がします。掌にもじっとり汗がでてきます。
 するとどうでしょう、わたしの報告がはじまるまえに、大勢の観客がわらわらと退席し始めたではありませんか! ありゃ、まあ……。無言のうちに(次の報告なんかツマランぞ)といわれているような気がする。
 その直後の登壇。咄嗟に「これは何かをいわねばならない」と思いました。男がすたるではないか。それで開口一番、

 まあ、ひとがいないほうが、緊張しなくていいんです

 会場に笑い声が広がりました。これがわたしの学会デビューの第一声です。この周辺の騒ぎはちゃんと『地方史研究』268号に載っています。
 へんなところで評判になりました。ある方から「高尾さんのご報告の内容は覚えていませんが、しかしこの一件には吃驚りして、いまでもはっきり覚えています」といわれました。しかしわたしはあとで「要らんことをいった」と後悔しました。

 つまり研究なんていうものは「自分が面白いと思うほどには、他人は面白いとは思わない」のです。もちろん自分で面白いと感じる研究をし、同じように聴衆に面白いと頷いて頂くべく精一杯に努力をしています。しかしその自分の思いは、まあ、伝わって60%ぐらいが関の山じゃないですか。
 みなさんにせっかく自分の「つまらない」話を聞いて頂くのだから、せめて時間制限を守ろう。わたしはそういう発想でいつも登壇します。

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2005/03/17

(雑感)ブログをやってみて

 ひとから「ブログって何?」と聞かれるのですが、やっているわたし自身、よくわかっていません。いい加減なもので最初に「ブログとは何か」と考えるより、やっているうちにわかるだろうと思っています。
 ブログにはHTML・RSS・トラックバックなどに技術的な諸側面があるのでしょうが、とにかくどういうかたちであれ、最低でも自分の考えた徒然草をテキスト・データでネットに流せればよろしい。

 そんなわたしのこだわりは実名主義です(これについては前にも触れました)。実名を明らかにすることによって、情報ソースを明らかにして生産的な話をしよう、という意図です。端的にいえば、①「題名(副題も含む)」・②「筆者のプロフィール」・③「1つの記事」の3つで、ほとんどすべてがわかってしまう、というブログ作りを目指しています。また単なる日記にはしないことにしています。日常生活を書くにしても何かしらを論じることにしています。ひとのウケもあまり気にせず、あくまで自分本位で淡々と書き続けます。
 いま歴史研究者共同執筆ブログ「歴史文化村」どっとこむも試験運行しております。いまわたしと小林信也さんしかおりませんが、そのうち名のあるひとをお呼びして、実名で文章を書いていってもらおうと考えています。

 さてこのブログ運営によって、研究や仕事の環境はどうかわるのでしょうか。マスコミや世論との関係、研究をめぐる情報収集に影響を与えるかなどは興味があります。くわしくは秘密で申せませんが、いまのところ、これに関してはかなりいい影響を与えていると思っています。
 さらにこれからどうなるかは、やっている本人にも具体的なところはよくわからない。ちょうど釣りみたいなもので、海に餌を投げ入れても、どんな魚がかかるかわからないというのと同じです。とにかく魚らしきものがかかることだけはわかる。魚が喰えるか喰えないかはそれも釣ってからのお楽しみ。世の中の広さに期待しましょう。
 いままでいろんな方々の反応を頂きました。いまのところ、経済評論家(木村剛さん)・大学教員・大学院生・テレビ局・テレビ番組製作会社・大手出版社広告部・史学科の学生・主婦・歴史史料集本の校正に追われる方・定年でサラリーマン人生を終えた方……などなどです。こんな地味なブログですが最近は1日100アクセス以上を頂くようになりました(最近150アクセス・200アクセスくらいまで上昇することがあります)。
 ジャーナリスト木村太郎さんによる発言。わたしもこれと同じようなことを考えていました。

―匿名と実名の問題がありますが、木村さんは、実名でやるブロガーが増えると思いますか?
 現在匿名でブログを書いている一般の人たちが、実名に転向してやるようになるという動きよりも、既に他のメディアや学会、業界団体などで実名活動している専門家がブログにどんどん作家してくる動きのほうに注目しています。ここでいう専門家というのは、プロのジャーナリストという意味ではないです。さまざまな分野のプロがブログを利用して、自分たちはこういう情報をもっているとか、こう思うんだ、という指摘をするようになると、世の中に流通する情報が分厚くなる。(164頁―165頁)
須田伸『時代はブログる!』(Ameba Books、2005)

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