(史料)父を想う気持ち―漱石の長男―
十川信介編『漱石追想』(岩波文庫)には、夏目漱石に関わった49人の追想が掲載されています。そのなかで、家族の追想もあり、家庭での漱石が、わけもわからず突然に怒り、子どもを殴るなどしていたことが記されています。それは、なぜなのか。漱石の長男で、バイオリニストの純一さんによる文章です。
ぼくは前にも記したが、自分を父が撲ったりしたことを、合点しにくかった。人が「君を愛していたからだ」などといっても、素直に受取れない。ところが或るとき、千谷七郎という人の『漱石の病跡』という本を、のぞいてみたことがある。それによると漱石は病気であったというのだ。躁鬱病のことである。父が憂鬱になったり、荒れたりしたのは、そういう病気のためかと思ったら、ひじょうに嬉しかった。たいていの人は、親が精神の病気を持っていたといえば、むしろ悲しく思うのだろうが、ぼくの場合には逆なのだ。つまり、あんなにぼくたちを可愛がってくれた人が、ふとしたときには乱暴をする。それを考えると、もやもやしていたのに、病気だときいてから、気分がさっぱりした。(『図書』昭和45年7月、十川信介『漱石追想』[岩波文庫]再録)
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