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2006/03/27

(講座)ワン・コイン古文書講座、ご参加54名、ありがとうございました

 先日のワン・コイン古文書講座、54名の方々にご参加頂きました。谷口眞子さん(早稲田大学非常勤講師)の「赤穂事件を読む」というお話でした。参加者のうち比較的おとしのうえの方は、映画・講談などで忠臣蔵に親しんだという方もいらっしゃいます。そんな方は、赤穂浪士の名前をポンと喋っても、お話上のエピソードとともに「ああ、あのひとね…」とわかってしまうことでしょうね。ちなみに参加者のうち3分の2の方が「泉岳寺の墓所に参詣したことがある」ということです。いまの若い人の中には、「忠臣蔵」も読めない、「内匠頭」も「ナイショウアタマ」と訓む人もあるらしい。わたしも若いのですが、歴史学をやっていなければ訓めなかったかもしれません。
 今回のお話は、忠臣蔵にお詳しい方も、〝史実で読む忠臣蔵〟というてんで、とても新鮮にお感じになったのではないでしょうか? もうすぐ谷口さんの新著も出るということですから楽しみです。出たら早速本屋に行かねば。
 谷口さんもとてもあかるいお上手なお話ぶり、説明の仕方のうまさに、「なるほど、こうすればいいのか…」とわたしも勉強になりました(ちょっとパクってしまおうかなあ)。

 次回第5回、4月のワン・コイン古文書講座の詳細は、追ってこのブログでご紹介いたします。

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2006/03/01

(生活)子ども三昧

200261 ・子ども好き? 勤務日数のすくない非常勤暮らしをして家庭をもっていると、まったく仕事のない休日をどう使うかが、おおきな問題となる。
 むろん研究者をめざす者として、研究をしたいのはやまやまだが、家庭に子どもが3人もいるのでそうもいかず、「家族サービス」 (女房にいわせると、それは当然の行為であるから、「サービス」と表現すべきではないようだ) に勤しむわけである。
 わたしのこのブログを読んで下さっている方から、よく「親ばか」などといわれるが、実はわたしはそれほど子ども好きでもない。折角の休みだから、正直子どもと遊ぶ気分にはなれず、「はやく本を読みたい」「テレビをみたい」「新聞を」などと考えて、いつも女房に叱られている。
 むろんわたしも子どもはふつうにかわいいとおもうし、そのうえ自分の子どもであるから、目の中にいれていたかろう筈もない。しかし長い時間、それも一日中遊んでやるとなると話は別である。悪戯はするし暴力はふるうは喧嘩はする。小悪魔といっていい。ちょっと油断するなら、お茶の入った湯飲みにミニカーが浮かんでいる。

 わたしなんて毎日よ

 と女房にいわれて「ごもっとも」と思うが、なんとも疲れる。

・「子ども好きなんですよ」? 「子ども好きなんですよ」とは、スルメが好きとかチョコレートが好きとかいうふうに、独身の男女が異性の気をひくために(家庭的なイメージをアピールするためか)よく口にするコトバであるが、これはたいてい信じてはいけない。よく「甥っ子(姪っ子)がいてかわいがってやるんです」というフレーズもあるが、これも信じるには価しない。なぜならその甥っ子(姪っ子)は、近所に住んでいたとしても、ぷいっとすぐに家に帰ってしまう筈である。子どもが好きかどうかなんて、自分の家庭に子どもがいない限りは、わかりっこないことである。「毎日子どもと暮らしても何も腹が立ちません」という、仏のような慈悲に溢れるひとをこそ「子ども好き」とよぶべきであろう。道を歩いている子どもが可愛いなんて、当たり前のことで、だから子どもは誘拐されるのである。
 だいたい毎日子どもと相対していると、どんな善人でもムカッと腹のたつもので、自分の子どもならよその子どもより寛大になれるものの、それでも苛つくものである。
 わたしは自分自身が子どもであるせいか、いつも子どもとチャンネル争いやらおやつの争いをしている。女房いわく、

 あなた、おとなでしょう? いくつ?

 はいはい、今年でめでたく32歳ですよ。しかし許せないことは許せないのである。わたしも『負け犬の遠吠え』の酒井順子さん世代のエゴイストなのかもしれない。

・休戦 しかしながら子どもの心には波がある。時々ちょっと親の気をひこうとするときもあって、そんなときは親のいうことを気味が悪いくらいによくきく。何故なのかはよくわからない。おそらく「悪戯をして怒られる」といういつものサイクルに草臥れてくるのかもしれず、親の愛情を欲しくなるときなのかもしれない。所謂「休戦」。そんなときはきもちよく遊んでやることができる。
 そんなとき、4歳になる長男から、〝おとうさんの絵〟なるものを貰った。いつも「おとうさんなんて…」といっている長男の手によるものである。
 どんなものか、おそるおそるひらいてみると、はたして鬼のような顔はしていなかった。似ていないようで似ているようでもある。とにかくほっとして、大切に畳み、部屋の隅にしまっておいた。

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