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2005/10/04

(大学)史学科大学生の素朴な疑問

・アンケート 立正大学でわたしの授業がはじまりました(わたしの担当授業は後期授業です)。そこではいくつかの設問をのせたアンケートを配りました。その回答を匿名でみなさんにご紹介することにしましょう (学生にはそのことは了解を得ています) 。設問中「歴史のことでふだん疑問に思っていることはありますか?」という欄に対し、主に6つのすばらしい回答を得ました。やってみるものですね。

①なぜ私の友達に歴史嫌いが多いのか。
②昔の失敗を知っているはずなのに同じ失敗をしていることがあるような気がするところ。
③江戸時代の天ぷらについての技術。
④幕末の志士は会合で、どのような酒(どこの産の)を飲み、どのような料理を食べていたのか。姉小路公知卿を暗殺したのは本当は誰か。
⑤個人的なんですが、祖母の家に「浅間神社もどき」があって碑文もあったんですが、何故農家のうちが、それを管理しているのかが不思議です。疑問です。
⑥歴史はどこで始まりどこで終わるのか。

 個人的なふとした疑問でも、そこからおおきな論文に仕立てることは可能です。研究者の方々でもそんなことをしてきました。論文をよむことも大切ですが、まずは自分本位で考えることが大切です。

・歴史を学ぶ意味 「①なぜ私の友達に歴史嫌いが多いのか」「②昔の失敗を知っているはずなのに同じ失敗をしていることがあるような気がするところ」の2回答は、ふかいところで繋がっています。実はわたしも同じようなことを考えていました。
 現在の世の中というのは「過去を喪失した世の中」であって、つまり常にイマという点のうえに立っていて、そこから未来という〝空白〟に生きているのが現代人の特徴です。たとえばこれからの国政・これからの外交・これからの教育・これからの株価など……。あまり過去を振り返ろうとはしていません。従来の日本が「右大将頼朝公以来」や「東照宮以来」や「明治大帝以来」や「先祖伝来の田畑」などと、様々な過去に縛られてきたことを考えてみるに、これはかなり風変わりなことではないでしょうか。
 しかしその反面、「日本人の誇り」をもつことを主張し、アジア・太平洋戦争の日本をいちぶ肯定するような議論もでてきました。これは、先ほど述べた「過去を喪失した世の中」とは関連性のある現象で、「歴史をもういちど作りなおそう」という動きだといえます。もちろん「日本人の誇り」自体がわるいわけではありません。しかし、それによって①さんの友達が「歴史好き」になったとしても、もし夜郎自大で自分勝手な歴史観がすこしでも含まれれば、②さんのいう「昔の失敗」は頭の中から消えてしまうから、そこはおおきな落とし穴です。また試しに戦前・戦中のむかしの歴史教科書を読んでみて下さい。大河ドラマ調というか、劇画調というか、講談調というか、けっこう面白い本なのです。ところが吹き出したくなるようなばかみたいなウソばかりです。だから面白けりゃいいというわけではありません。歴史はマンガじゃないんだから。

・日常への視点 「③江戸時代の天ぷらについての技術」「④幕末の志士は会合で、どのような酒(どこの産の)を飲み、どのような料理を食べていたのか」という疑問は、むかしの日常生活に関するものです。こういった日常生活を明らかにすることも、歴史学での重要なテーマです。徳川家康が天ぷらをたべて腹痛をおこしたというのは有名な譚ですが、歴史はふるい筈です。江戸の出店でも売っていて絵ものこっています。幕末の志士が集う京都ではどのような食事が出たのでしょうか。もし「幕末の志士」で史料がなければ、もし興味があれば「料理」というところに重点をおいて、「幕末京都における○○の料理」という課題でもいいわけです。京都の庶民の日記でもみれば何かわかるかもしれません。京都のお酒ならばちかくの池田・伊丹・灘などが名酒を産する土地です。伊丹は京都の近衛家領でした。近衛家は酒造業を積極的に保護し、近衛家が鑑札などに使用した合印文は、いまも伊丹市章として使われています。近衛家出入りの志士ならば伊丹の酒かもしれません。
 これは自分の家に関する疑問。「⑤個人的なんですが、祖母の家に「浅間神社もどき」があって碑文もあったんですが、何故農家のうちが、それを管理しているのかが不思議です。疑問です」。そうですね、これも不思議です。まず石碑に何が書いているのかを調べてみて下さい。その石碑に富士山のマークは入っていませんか。大きさを測って様子を写真におさめてみましょう。つぎにむらにふるい書き物はのこっていませんか。むらのご老人や旧村役人家などの旧家を訪ねれば、何かわかるかもしれません。文字だけではなくむらにふるい言い伝えなどはのこっていませんでしょうか。大学にはたくさんの本があって、民俗学や歴史学などの書棚に浅間神社や富士信仰や屋敷神に関する本がありますから、それを繙いてみてください。このようなふとした日常の疑問は大切にしてください。是非レポート提出はこの事例でお願いします。

・歴史のはじまりとおわり 「⑥歴史はどこで始まりどこで終わるのか」。これはなかなか深い疑問です。
 歴史には必ず文脈があります。「歴史」と2文字でおわる歴史はありえません。つまり「○○の歴史」とか「××の歴史」とか、必ず枕詞がつくわけですが、たとえば「日本の歴史」はいつからなのでしょうか。
 さきほど亡くなった網野善彦というひとは、このことにたいへん疑問をもった歴史家です。「日本」という国号や「天皇」という称号は7世紀になってつくられました。「日本」がつくられた当初は列島全部が「日本」の支配下ではなくて、東北などは「日本」の範囲の外にありますね。そのうえ「日本」成立以前の聖徳太子は当然「日本人」ではありません。⑥さんが「どこで終わるのか」と「終わる」という視点もいれたことはすごいことです。「『日本』だけではなく別の国号もあってもいい」というのが網野さんの議論だったからです。この世の中すべからく未来永劫という事柄はありません。必ずどれにもはじまりとおわりがあります。それを意識することも歴史学の目的のひとつです。

・大学生の問題意識 このように大学生の問題意識はなかなか先鋭的です。たぶん自分はあまり先鋭的だと意識しておらず〝天然的先鋭〟なのかもしれません。しかしもしそうであったとしても、先鋭的だと教えてあげることは必要です。「勉強してないネ」ということは簡単ですがそれだけでは何の問題の解決にもなりません。
 以下は「抗体の多様性生成の遺伝学的原理の解明」でノーベル生理学医学賞をとった利根川進さんと立花隆さんとの対談集『精神と物質』(文春文庫)から (わたしの愛読している本です、遺伝子の知識がないと内容はかなり難解ですが) 。利根川さんは大学生の頃生物の細胞を知りませんでした (質問者は立花さん、返答者は利根川さん)

―理学部の化学科の出身でしたね。もともと生物に対する興味から分子生物学に入っていかれたわけじゃないんですか。
「ぼくは高校で生物をとってないんです。だから生物学の知識なんて、はじめは何もなかったですね。たとえばね、この人間の体がみんな細胞でできてるなんてことは、大学に入って一般教養の生物をとるまで知らなかったくらいなんですよ。それを聞いたとき、へえーって思ってね、すぐ友達にその話をしたら、お前そんなことも知らなかったのかって、すごくバカにされましたけどね(笑)。こんな話書かないでくださいよ」
―いやあ、その話いいですね。ノーベル賞の利根川さんが細胞を知らなかったなんて傑作ですよ。ぜひ書かせてください。 (第1章「安保反対」からノーベル賞へ)

 ノーベル生理学医学賞研究者が、大学生時代に細胞を「知らなかった」ということもさることながら、同時に「へえーって思ってね、すぐ友達にその話をした」というところも重要です。こう考えると昨今喧しい大学生の学力低下問題って何なのでしょうか。

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