« (町なみ)そうだ、川越へいこう | トップページ | (社会観)死体なき世の中 »

2005/07/19

(歴史観)勤労者の歴史

 「ハナ金」の風景ほどみていて気持のいいものはありません。
 金曜日の夕方の電車の中。サラリーマンたちが、暖かい夕焼けの薄日に包まれて、休みを迎える安堵感と労働のあとの心地よさを噛みしめつつ、家庭の話か今夜のナイターの話か麻雀の話か、とりとめのない話題をたのしんでいる。そんなとき、何気ない日常がこのうえもなく愛おしく思える。きっと人間はこのような日常に何百年、何千年と暮らしてきたに相違ありません。
 そう思うと、今日の文明社会の累積がべつの印象でみえてきます。

 ずいぶん前、当時マルキスト大学生だった親戚と一緒に奈良旅行をしました。彼はおもしろいひとで、奈良の神社仏閣の文化財をみてさかんに、

 こんなん、権力者がつくったもんや

 といって貶(けな)すのです。わたしは彼の性格と思想を好ましく思っていましたから、その言葉を何とも微笑ましく聞いていました。
 たしかに彼のいうことは間違いではありません。それら文化財はまさに権力者による構造物に過ぎません。しかしそれだけを指摘するのみならば、鉛筆を指さして「これは鉛筆です」といっているようなもので、何の面白みも発展性もありません。

 たとえば大仏ひとつ造営するにしても、誰が造営の命令者であるにせよ、造営に際しての幾万人の血と汗と涙があった筈でしょう。設計図をひいてその通りに造る技師集団の存在、土を掘り出し木を切り出す集団の存在、それを運ぶ集団の存在、直接造営の労働に従事する集団の存在等々、権力者の命令者を下支えする諸集団があったことを想像する必要があります。
 それに、権力者の命令に従う百姓(おほみたから)の側も、権力者からの「搾取」ということ以外に、御仏に何か期待をしたのかもしれない。その百姓たちの心理の問題は当時の社会状況の問題に繋がります。史料にないのでそこらへんはよくわかりませんが、どうなのでしょうか。とりあえずいろいろ考えてみる態度も必要なのではないか。

 さて、彼は現在優秀なサラリーマンになっています。
 時々仕事上での愚痴を聞かされます。かつてのマルキストも、冒頭に記した風景の中の、平坦な日常に生きる勤労者のひとりになった。それは彼の権力観・社会観にどのような影響を与えたのでしょうか。
 後学のため是非それを質問してみたいと思っています。「マルクスは何処へ行ったのか?」と。むろん揶揄するつもりはありません。むしろ転向というのは、高次元な人間の営みのひとつであって、とても神々しいものだと思います。

|

« (町なみ)そうだ、川越へいこう | トップページ | (社会観)死体なき世の中 »

コメント

 はじめまして、歴史好きのあおねこです。

>それに、権力者の命令に従う百姓(おほみたから)の側も、権力者からの「搾取」ということ以外に、御仏に何か期待をしたのかもしれない。その百姓たちの心理の問題は当時の社会状況の問題に繋がります

 そうですね、当時の方たちには何か特別な思いがあったのではないでしょうか・・・「南無阿弥陀仏を唱えれば救われる」と言うのを聞いたことがあります。もしかしたら救われる為なのかもしれませんね。

 奈良にある春日大社の中に国宝のお宝が飾ってあります。その中に木の絵を描いたものがありまして、何でも昔の方は木の中に仏像が見えたとか・・・その辺はわからないのですが、思い当たる節はあります。

 手塚治虫さんの漫画で「火の鳥・我王偏」がありますけど、その中で我王が木をじーっと見つめながら、木の中にある仏像が見えるまで待っているのです。そして「はあっ」と見えてから一身無心でほり続けるシーンがありました。

 もしかしたら、特別な何かが入っているのかも知れませんね。

 

 

投稿: あおねこ | 2005/07/19 02:48

火の鳥は読んだことがないのです。一度よみたいなあと思っています。

投稿: 高尾 | 2005/07/19 09:40

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56058/5039740

この記事へのトラックバック一覧です: (歴史観)勤労者の歴史:

« (町なみ)そうだ、川越へいこう | トップページ | (社会観)死体なき世の中 »