« (歴史観)勤労者の歴史 | トップページ | (日常)人生談義逍遥 »

2005/07/22

(社会観)死体なき世の中

 大学院生のとき、板碑研究で有名な千々和到先生の授業をうけました。
 先生は授業の劈頭、「みなさん、人間の死体を何回みたことがありますか」「現代では人間の死体をみなくなりましたね」ときりだした。
 そういえば、人間の命が地球よりも重たくなったのも、つい最近の出来事です。

 むかしの日本の絵葉書にも、中国人(? だったか)の斬首風景を題材にしたものがあります。ある博物館の女性の研究員にそれをちょっとみせたら、―とても申し訳ないことに―、彼女をすっかり怯えさせてしまいました。もちろんわたしに悪気はなく、「世の中はつい最近まで殺人をかるくみていた」ということを指摘したかったに過ぎませんが、わるいことをしました。
 そういえば、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害を描いた映画『シンドラーのリスト』も、凄惨なシーンが続くためか、映画の途中から白黒画像に変わっています。こうやって観衆が「みたくない」といえばたちまち白黒映画になってしまう。しかしその時点で真実の幾ばくかは葬られることになります。

 養老孟司さんではありませんが、我々の生きる社会は「人間の死体のない(あるいは「ないことになっている」)社会」でしょう。とりわけこの日本社会は「本人が望まないなら死体をみなくてもいい」というくらいに自由のある社会であって、その社会がイラクに兵隊をおくったわけです。
 イラク派兵の是非は措くとしても、この矛盾関係はいつも国民一人ひとりが念頭にいれておいたほうがいいでしょう。いわば、われわれは決して血しぶきを浴びることのないガンマンである。畳の上から戦争を議論するというてんにおいては、小泉首相をはじめとするほとんどの日本人が同じ穴のむじなでしょう。
 もっともあしたにはアルカイダに東京の山手線を爆破されるかもしれませんが、そのときにはじめて、日本人は自分たちの社会の本当のなりたちを「知る」ことになるのでしょう。
 それに、現在の血なまぐさい中東の国々・民族を「およそ理解できない人びとだ」などと論評するひともありますが、歴史的にみれば(といっても50年~100年たかだかの過去)、何処の国・民族だって似たり寄ったりなのです。それが厳然たる歴史的事実です。

 先日品川区立品川歴史館において、「博徒『小川の幸蔵』とその時代」という講演をおこなってきました。
 2時間講座を隔週2回分で計4時間という、折角の長時間を頂けるということなので、あえて博徒というむつかしい演題を選ぶことにしました。何故むつかしいかといえば、―わたしの話の巧拙は別として―、そもそも博徒のはなし自体が敬遠されることが多いからです。窃盗・脅迫・殺人という生臭い事例が多くて、ひとによって好き嫌いがはっきりわかれます。しかしこれは、幕末つまり100年ちょっとまえくらいの地域社会には、ふつうにあった風景なのです。こういうことに目をそむけてもらっては、歴史をほんとうに理解したことにはなりません。
 それで、そのためにわたしはずいぶん配慮して、博徒という話題をとりあげる理由について、前置きとして30分もかけて大汗かいて説明しました。それほどにこの話題をとりあげるのはやっかいなのです。
 殺人ということなら、新選組だって伊藤博文だってやっていた筈で、それが歴史上の話柄としてふつうにとりあげられています。それなのに何故博徒の殺人だけがアウトなのでしょう。イデオロギーの有無でしょうか。イデオロギーによって殺されたら霊魂は浮かばれるのでしょうか。
 講演の中でふれた、武蔵国多摩郡の博徒「小川の幸蔵」というひとは、彼自身おもしろいエピソードをもっているのですが、彼を囲む地域社会もまたおもしろい。彼の社会的位置はとても複雑で、必要悪というか、彼はとんでもない犯罪をおかす反面で、地域の秩序をたもつ有意義な役割をも担っていましたから、地域社会はなかなか彼を排斥することができないわけです。平気で理由もないような殺人を犯すわけですが、そのくせ地域防衛のために生命を賭して戦ったこともあります。これらすべてを歴史学の問題としてとりあげ、どちらの面をも正面から考えてほしい、と(怠け者のわたしにしては珍しく)力説したのです。
 もちろん殺人は決して許されざる憎むべき犯罪です。われわれはそんな殺人からほど遠いと感じてしまう社会に生きていますが、それはとんでもない誤解・嘘ごとであって、暴力・殺人はわれわれのすぐ隣りにある(あった)。そのことがわたしの伝えたいほのかなメッセージだったわけです。
 もっともわたしのまずい話で、はたしてそこまで伝わったかどうかはわかりません。ただ、あとで聞いた話によれば「好評だった」ということでした。おそらくわたしのひねくれた話に共感してくれた方が、最低でも一人はいらっしゃったであろうことに、安心し満足しました。

|

« (歴史観)勤労者の歴史 | トップページ | (日常)人生談義逍遥 »

コメント

高尾さん、お久しぶり。
いつも楽しく拝見しています。
そのなかでも今回のお話は、たいへん興味深い内容ですね。

とくに「彼はとんでもない犯罪をおかす反面で、地域の秩序をたもつ有意義な役割をも担っていましたから、地域社会はなかなか彼を排斥することができないわけです。」というご指摘は、地域社会における博徒の位置づけを考えるうえできわめて重要なポイントかと思われます。

村人にとって、もっとも重要なことがらは村の維持にあるわけですから、村は、博徒を「排斥することができない」のではなく、「地域の秩序をたもつ有意義な役割をも担」うものとして、多少の問題があっても、それには目をつぶり、積極的に活用していたのでしょう。

小川の幸蔵も、「地域防衛のために生命を賭して戦」うことで、村のなかでのみずからの居場所を確保していたようです。

私が研究している戦国期の村と土豪のような関係ですね。
この博徒のお話、できればもう少し詳しくお聞かせください。

投稿: 侍大将まこべえこと、舘鼻誠 | 2005/07/23 13:02

ありがとうございます。わたしはいろいろ博徒たちについて調べたことがあるのですが、公表できないアブナイ話が多くて。今後差し支えない範囲で、書くことがあるかもしれません。舘鼻さんのご高説もブログでお願いします。

投稿: 高尾 | 2005/07/23 13:08

こんばんは。僕は子供の頃に「小塚っ原」「鈴ヶ森」などの刑場写真を見ていました。今は東京に出て大田区に住んでますが、昔の「鈴ヶ森」がいま「平和島」になって、当たり前にマンションとかいっぱい建ってるのにびっくりしました。昔は死体や首だらけだったのが嘘のようです。
もっとも地元育ちに聞くと、あのへん一昔前までは怪談が山ほどあったそうですけど。
『今昔物語』とか西鶴とか読んでいても、そこらにフツーに死体が転がってる情景に気づかされます。江戸時代でも捨て赤子とか、よく道端で犬に喰われてたというけど、さすがに時代劇で再現はできませんね…。

投稿: 弓木 | 2005/07/26 03:15

「時代劇で再現はできませんね…。」そうなんです。仰るとおりですね。実はそこが大きな落とし穴だと思います。江戸時代、前近代社会をどう考えるか、感覚的に難しくなってきていると思います。
以前、匿名掲示板で、ネット流出した香田さん殺害ビデオをみるか否かで、随分と議論になったことがあるようです。わたしは「殺害ビデオをみろ」なんていいません。ただしかし、「みてもみなくてもどちらでもいいヨ」という、個々人が何れかを自由選択できる社会にいま我々は生きていて、それは地理的にも歴史的もかなり特殊で恵まれた社会なのだということを強烈に意識したほうがいい、と思いますね。戦争論はそこからだと思いますね。

投稿: 高尾 | 2005/07/26 09:35

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56058/5087773

この記事へのトラックバック一覧です: (社会観)死体なき世の中:

» 広告会社とマスゴミを使った洗脳チョロマカシ作戦ははたして成功するのか。 [雑談日記 (徒然なるままに、、。)]
 他の掲示板に、小泉のワンフレーズコメントのパーフォーマンスはバックに広告会社の [続きを読む]

受信: 2005/08/15 17:44

« (歴史観)勤労者の歴史 | トップページ | (日常)人生談義逍遥 »