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2005/07/15

(町なみ)そうだ、川越へいこう

 歴史(歴史学)オタク諸君。
 カノジョができたら、川越城下につれていこう。
 何故と聞かなくてもよろしい。とにかくいけばわかる。真偽定かならざる風聞によれば、江戸時代村落史の研究者で、カノジョを自分の調査村落につれていったひとがいるらしい。熱心な村落史研究信徒であったこのわたしも、いちどそれをやろうと思ったが、それは絶対よしたほうがいい。自分の視野の狭さを告白するようなもので気持ちのいいものではないからです。もちろん村落史研究=視野の狭い研究といいたいわけではない。カノジョとのデートなら、たとえば遊園地とか高級レストランでお食事とか、いろいろあるじゃないですか、といいたいのです。
 しかし川越城下ならばセーフです。

 その川越城下とはどういうところか。
 川越藩は、江戸近辺という地理的環境もあってか、親藩・譜代藩・将軍に信任のある家が襲封し、酒井家(酒井重忠)・酒井家(酒井忠利・忠勝)・堀田家・松平家(長沢松平家)・柳沢家・秋元家・松平家(越前松平家)・松平家(松井松平家)というぐあいに次々と領主がかわりました。とりわけ明和期から幕末のながきにわたって封じられた越前松平家支流の松平大和守家は、天保期以降17万石もの領地をかかえ、代々従四位をもらうほどの格式をもっていた。江戸近辺にしては大きい大名家のひとつだったのです。
 川越はその城下町であった。いま江戸情緒が残っていてよく「小江戸」と呼ばれますが、江戸時代からの呼称であったかどうかはわかりません。しかし何れにせよ、江戸文化の影響を色濃くうけた江戸の衛星都市であったことは間違いありません。
 太平洋戦争ではいろいろな都市が空襲で烏有に帰しましたが、川越だけは何故か爆弾を落とされずにすんだ。それで江戸・明治のふるい町なみが残されることになりました。
 現在、川越城下の蔵造りの町なみは、景観を美しくするために電線を地中に通しています。だからカノジョと歩くにはいいところでしょう。

 さてよく「蓼喰う虫も好き好き」というけれど、なんとわたしのカノジョになってくれるという、とても奇特なお嬢さんが現れた。わたしが大学院博士後期課程のときです。
 わたしなんか研究ばかりしていたので、髪もボサボサ、服もヨレヨレ、いま流行りの「電車男」も真っ青である。それで何故カノジョができたのか、その詳しい経緯については恥ずかしいから書かない。読者のご想像にお任せしましょう。とにかくカノジョができたのです。
 わたしが川越藩領の村の研究していたこともあるが、まずそのカノジョを川越へ連れていった。川越城下が如何なるところなのかを説明しながらあるく。それはまあまあ本格的なもので、川越藩領村の名主の日記「林信海日記」に川越城下の記事が多いから、そのコピーを参考資料としてカバンの中に入れてあったわけです。

 そこでちょっとした〝事件〟がありました。町なみに「A」という表札のかかった経師屋がありました。ここでは「A」と仮に伏せ字にしておきますが、姓氏辞典に載っているかどうか心配するほどに、なかなか世間ではみかけない珍姓である。その他は現代風の造作のお店であって、一見して何の特徴もありません。
 しかしわたしは思いあたる節があって、咄嗟に持参していた「林信海日記」のコピーをひらき、あっと驚きました。そこには「A八郎右衛門」なる人物が登場して、それも職業が同じ経師屋なのです。これはおおごとだと思い、早速A家のサッシを開いて「ごめんなさい」と声をかけた。……そのときカノジョはそとで待たせておいた。
 すぐにご主人が出てきました。わたしはご主人に「林信海日記」をおみせして「これはお宅のご先祖ではありませんか」とお尋ねした。するとご主人は首をひねりつつ「わからんけど」と呟き、やがて奥から掛軸でつかったらしい古い一本の白木をもってきた。そこにはなんと

 A八郎右衛門

 と、墨痕生々しくはっきりと書いてあるではないか。突然のご先祖探訪でご主人も吃驚り。A家を辞してわたしは、

 どうだ、これが川越なんだ

 とカノジョに一言。カノジョもわたしのいきなりの行動とその顛末にあんぐり。カノジョと町を逍遥していて、いきなり調査するのはわたしくらいでしょうか。
 このカノジョは、いまわたしの女房になっています。

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