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2005/06/12

(学問)役に立つか、立たぬか

 マイケル・ファラデー(Michael Faraday)は、いまわれわれが生きている電気文明の源泉をつくった、お釈迦様かキリスト様くらいに有り難いおひとです。鉄線コイルの中で磁石を動かすと電気が発生する、所謂「電磁誘導」というおもしろい現象を発見したひとです。貧しい家庭に生れて、14歳から製本屋で働きながら独学で科学を勉強、イギリスの王立研究所の助手に採用され、立派な科学者になっていった、立志伝中の人物です。なかなかのアイデアマンだったらしい。この「電磁誘導」によって、ひとは「運動」を「磁力」の変化によって「電力」に変換することを知ったから、彼を「電気の父」とたたえて感謝しています。
 しかし、発見の当時は、周囲のひともそしてファラデー自身も、それがほんとうに役に立つ知識なのかどうか、判然としなかったらしい。
 それを示すこんな逸話があります。

……ある日、ファラデーが群衆の中で電磁誘導を実験してみせた。そのとき、その中にいたおばさんがファラデーに「そんなの何の役にたつのさ?」と問いつめた。するとファラデーは「それをいうなら、生まれたばかりの赤ん坊も、何の役にたつのかわからない」と言い返した、という。

 とりあえず、この話の真偽は問わないこととしましょう。何れにせよ、この話は、おばさんの「不明」ぶりを対照しつつ、ファラデーの賢明さをたたえる逸話として紹介されています。しかしわたしはこのおばさんの疑問も正面からうけとめたい。
 もちろんファラデーの発見は「偉大」でした。しかし何故「偉大」かといえば、たまたまファラデーの発見が後世に有益であったからでしょう。もし無益な発見であったのなら、「偉大」ではなかった。つまり「偉大」か否かは「結果論」にすぎない。たとえば、現代社会におけるニュートリノの発見にしても、将来に役立つのかどうか、さっぱりわからないけれど、とにかく「ノーベル賞」ものらしい。
 すぐに役立つ知識を貴重とする、ふつうの日常生活に生きる、話の中の「おばさん」のような人たちにとって、ファラデーの発見がすぐに自分たちの生活を救ってくれるわけではない。したがって、「そんなの何の役にたつのさ?」という質問も、ある種の正当性をもっているわけです。

 そう考えれば、研究者感覚(ファラデー)に軍配をあげるか、生活者感覚(おばさん)に軍配をあげるか、なかなか難しいところではないでしょうか。まずは、この両者の価値観のバランスを保ちながら、知的レベルを支えることが肝要、ということでしょうか。
 現在の日本では、生活者感覚(おばさん)のほうの価値観が、もっぱらに認められています。したがって、理系でも基礎研究分野には税金が配分されず、その分野の大学研究室などは貧乏しています。「役に立たぬ」最右翼たる文系諸学、たとえば歴史学なども苦しいこと限りない。
 いったい何がいけなかったか。「役に立たぬ」と偉そうにあぐらを掻く学問がいい学問なのだろうか。そして「役に立て」とばかりいう世の中もいい世の中なのだろうか。

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コメント

かつて英語の先生から school の語源がギリシア語の「暇」と言う言葉であり、学問は暇のある人がするものだと考えられていたのだと説明を受けたことがあります。今、研究社大英和辞典を調べると確かに語源はそうなっています。学問は「暇」「余裕」がなければできないのか?何とか大学に入れた自分たちはそんな「暇」「余裕」があることを感謝しつつ少々考え込んだ覚えがあります。

ところで私は書かれていたお話を以前ニュートンのこととして聞きました。ニュートンなら少々余裕のある家庭に生まれましたからこの話がしっくり来ます。しかし、極貧の家庭の出身であったファラデーのことだとするなら生活に追われる中にも余裕を失うなという意味があるようにも思え、一種の凄みがありますね。

投稿: 傘屋 | 2005/06/13 12:29

ありがとうございます。そうですか。類似の話がいろいろとあるのかもしれませんね。

話は違うのですが、このブログも多忙の中のちょっとした余暇を利用して書いています。一部で暇人と思われておりますが、そんなことはありません。むしろ、毎日の生活をなるべく合理化し、暇をなくそうと思って書いています。

投稿: 高尾 | 2005/06/13 12:59

ココログでファラデーについて検索していましたら高尾さんの記事がありましたので興味深く読ませていただきました。
参考になるか分かりませんがロンドン市内中心部に王立協会とファラデー記念館が今でもありまして先日訪ねてきました。電磁誘導を実験したコイルもありました。参考まで

投稿: りょうた | 2005/08/21 20:20

りょうたさん、コメント・トラックバックありがとうございました。

投稿: 高尾 | 2005/08/22 09:43

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 ロンドンの中心地、地下鉄ピカデリー駅とグリーンパーク駅の中間くらいの場所に王 [続きを読む]

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