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2005/05/26

(古文書入門⑥)むかしのひとは何故くずし字を書くのか?

 何故むかしのひとはくずし字を書くのでしょう。グニャグニャとしたくずし字は一見して非機能的な文字に映りますが、実際はどうなのでしょう。そして、そもそもくずし字とはどのような文字なのでしょうか。今回はその問題について逍遙してみたいと思います。

・文字の書き方 まず、文字の書き方の文化としては、主に、①楷書文化と②くずし字文化のふたつがあります。現在くずし字を書く(書くことのできる)ひとは稀ですから、歴史的には②から①へと変遷していったことになります。
 現在では、筆の達者なひと以外、くずし字を認めることはありません。学校では「書道」の授業時間以外はくずし字を習うことはないし、お役所でも原則的には楷書のみの使用で、「くずし字で書かないで下さい」という注意書きがされていることもある。結婚届・出生届提出の時にも、窓口の役所のかたは書類の字が正しく書かれているかどうか(はねる・はらうなど)、字典をひきながらいちいち確認しています。

・機能的な違い わたしの考えによると、楷書とくずし字では機能的な面で大きな違いがあります。乱暴にいってしまえば、楷書はおおむね一文字のみで判読できることが多いが、くずし字は一文字のみで判読できないことが多い(もっとも楷書でも、たとえば「一」と書かれていても、「いち」なのか、枯木から落ちた小枝なのか、わからないことがあります)。
 たとえば、「候」(そうろう、「です・ます」表現にあたる)という字があります。この「候」のくずし字は、いちばん簡略化されると単なる「ヽ」になる。白紙にただ「ヽ」と書くだけでは、何が書いてあるのかさっぱりわかりませんが、「御座」の下に「ヽ」があると「ああ、『御座候』(ござそうろう)と書いてあるんだな」と、そこではじめて判読することができます。
 また、「深」と「源」のくずし字の場合を考えてみましょう。このふたつのくずし字はよく形が似通っています。くずし字は形を極端に簡略化しますから、ほんらいは違う字同士であっても、形が似通ってしまうことが多いのです。すると、一字だけでは、「深」なのか「源」なのか、判別することができない。しかし、もしも「源氏物語」とあれば、「『深』でなくて『源』と書いてあるのだな」とわかり、もしも「深浅」とあれば、「『源』でなくて『深』なのだな」とわかる。
 つまり、くずし字の読解では、文字のかたちと意味の流れの両方を考えなければいけません。そのてん、固有名詞は大変です。先ほどの「深」と「源」の例でいえば、くずし字で書かれると、場合によっては「深田村」なのか「源田村」なのかわからない。その場合は地名辞典をひかないといけません。
 地名は地名辞典がありますが、人名になると辞典が使えないから更にやっかいです。赤穂浪士の「赤埴源蔵」(あかばね・げんぞう)が「赤垣源蔵」(あかがき・げんぞう)と誤って伝えられたのは、「埴」と「垣」のくずし字が似ていたからだといいます(福本日南『元禄快挙禄』)。固有名詞はどの字でもあてはまる可能性があるから誤読されやすいのです。博物館の展示の翻刻文でも、空欄になっていることが多いのは固有名詞です。

・くずし字の利点 こう考えてみると、くずし字は不便なように思えます。しかし、便利なことがないかというと、そうでもありません。くずし字は画数という概念がないほどに形を簡略化しますから、最初に字を覚えるときは覚えやすいかもしれません。
 勿論むかしの漢字は所謂「旧漢字」で、楷書で書くと画数が多い。むかしの「恋」だって大変で、「いとしいとしと言う心」で「戀」でした。しかし、むかしのひとは楷書よりもくずし字から先に字を覚えることが多かったようで、その証拠に寺子屋の教材をみてもみんなくずし字で書かれています。
 江戸時代の随筆にこんな話があります。

……楷書で「言」と「水」という字が書かれていた。こんな字は存在しない。これはおそらく「路」という字の誤りであろう。なぜなら、「足」と「言」、「各」と「水」は、各々くずし字がよく似ているからである。

 かえって楷書で書くと字を誤ってしまうのは、むかしのひとがくずし字から先に覚えていたことの証左でしょう。現在はワープロで書くと字を誤ってしまう(わたしもよくやります)。これが所謂「誤変換」ですが、それでもくずし字が不便だといえますか?

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コメント

臨書の字が読めない時、内容が分からない時、どうやって調べればいいのですか?

傅山を臨書したものです。

画像を添付したいけど、できないですね。

白黒形分混沌・・・というようなものです。

投稿: せろり | 2012/04/17 17:33

筆記用具や紙が貴重だったから、と考えてた
なんか墨の分量少なそうだし、書き損じも少なそうだし

投稿: | 2012/11/28 19:20

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