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2005/05/05

(史料)武士が犬の糞を踏む―酒井伴四郎日記―

 旅ゆけば心浮き立つのは今も昔もかわりません。
 紀州藩衣紋方(衣服担当部局)の下級武士酒井伴四郎は、万延元年紀州から江戸に公用でやってきます。彼にとって江戸の様子は見るもの聞くもの驚きの連続で、その感想を細かに日記に書き記しています。ここではその一部をご紹介することにしましょう。

六月朔日……大名小路え行、諸大名之屋敷一見致、余り暑き故照り降り傘壱本叔父様と買、又大名登城下り見物ニ参り、幸上之帰御拝し、其勢飛鳥之落る計り也、諸大名小名之下り誠ニ目を驚ス……。

 大名屋敷や大名行列は見物の対象でした。江戸は諸大名が集まる唯一の土地でした。

廿五日……直助ニ髪結い貰、叔父様・予・為吉同道ニて、赤羽根之有馬之屋敷見物、薩摩ノ屋敷見物、其所予犬之くそふむ、夫ヨリ芝田丁高輪泉覚(岳)寺へ参り、赤穂家臣四十七人之墓へ詣り、為吉ハ品川之問屋へ行、其間ニ茶屋へ這入一盃呑、大ニ高し、夫ヨリ日影丁へ行、着物壱枚買、又芝へ行、小道具帰り懸岩水屋ニてどぜう鍋・すし抔買、帰着……。

 赤羽の有馬家屋敷(火の見櫓が有名)・島津家屋敷を見物します。
 しかしそこで彼は犬の糞を踏んでいます(「犬之くそふむ」)。「江戸に多きもの、伊勢屋、稲荷に犬の糞」という言葉があり、屋号に伊勢屋、祠に稲荷、動物に犬というのが江戸の定番でした。伴四郎もここで江戸の〝手痛い洗礼〟を受けたようです。
 気を取り直して赤穂浪士の墓に参詣。茶屋に入って一杯飲んだが「高し」と不満、しかしその後どじょう鍋・すしを買います。

十七日……両人(伴四郎・為吉)ニて芝へ行、愛宕山へ参詣いたし、世間を見渡し、江戸三分一ハ爰ヨリ見ゆる、其広サは中々詞ニも筆ニも尽しがたく候、夫ヨリ増上寺え参詣いたし、其寺内之広さ、寺之内とハ不被思候、通り抜ケ、扨諸道具・錦絵・其外細工物、諸事何やかや商店之賑ひ驚目候……。

 愛宕山は江戸を見渡すのに絶好の場所でした。「江戸は三分の一しかみえないが、その広さは言葉にも筆にもならない」と語っています。増上寺を通り商店の賑わいをみて目を驚かします。
 有馬家屋敷・赤穂浪士の墓・どじょう鍋・愛宕山などなど、伴四郎の見物先は江戸見物の定番でした。ほかにも美人の常磐津師匠のもとに通ったり、開帳や見せ物を見物したりと、武士のわりにはユーモラスな行動をみせています。
 この伴四郎の日記は林英夫「単身赴任下級武士の幕末『江戸日記』」(『地図で見る新宿区の移り変わり―四谷編―』新宿区教育委員会、1983)で翻刻紹介されています。

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