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2005/04/16

(講演・発表)自意識過剰

 最近は講演や研究発表をさせて頂く機会が多いのですが、苦慮するのが時間制限内で話を終わらせることです。
 「2時間喋れ」といわれれば2時間の内容を、「1時間半喋れ」といわれれば1時間半の内容を、「30分喋れ」といわれれば30分の内容を、それぞれ用意して喋ります。したがってそれぞれ喋るペースも違います。時間がなければテンポをはやくし内容も濃くします。逆に時間があればテンポをゆっくりにし無駄話をすることもできます。
 以前は発表時間を守らず(守れず)、時間オーバーしてしまうこともしばしばでした。しかしあるとき「それは自意識過剰ではないか」と反省し、時間をきっちり守ることにしました。
 この「自意識過剰」とはこういうことです。時間を守らないことは「時間なんていいから俺の話を聞け」と主張していることと同じで、折角話を聞いて頂いている方々に傲慢・失礼ではないか。当然のことです。またある先生からこんなこともいわれました。「短い時間で纏められないのは頭の悪い証拠」。

 さて、わたしの学会デビューは、大学院修士課程1年生のときでした。日本史関係卒業論文発表会、大学を代表しての登壇です。会場は駒沢大学でした。
 まえの発表者の報告が終わり、いよいよ次は自分の報告の番です。緊張して動悸がします。掌にもじっとり汗がでてきます。
 するとどうでしょう、わたしの報告がはじまるまえに、大勢の観客がわらわらと退席し始めたではありませんか! ありゃ、まあ……。無言のうちに(次の報告なんかツマランぞ)といわれているような気がする。
 その直後の登壇。咄嗟に「これは何かをいわねばならない」と思いました。男がすたるではないか。それで開口一番、

 まあ、ひとがいないほうが、緊張しなくていいんです

 会場に笑い声が広がりました。これがわたしの学会デビューの第一声です。この周辺の騒ぎはちゃんと『地方史研究』268号に載っています。
 へんなところで評判になりました。ある方から「高尾さんのご報告の内容は覚えていませんが、しかしこの一件には吃驚りして、いまでもはっきり覚えています」といわれました。しかしわたしはあとで「要らんことをいった」と後悔しました。

 つまり研究なんていうものは「自分が面白いと思うほどには、他人は面白いとは思わない」のです。もちろん自分で面白いと感じる研究をし、同じように聴衆に面白いと頷いて頂くべく精一杯に努力をしています。しかしその自分の思いは、まあ、伝わって60%ぐらいが関の山じゃないですか。
 みなさんにせっかく自分の「つまらない」話を聞いて頂くのだから、せめて時間制限を守ろう。わたしはそういう発想でいつも登壇します。

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コメント

とくに、複数の発表者がおられる場合は、個々で時間を厳守しなくてはと思います(もちろん聴衆としての意見ですよ)。
とあるシンポジュウムで、喋り過ぎが連続?したため、どうやっても全体の時間内におさまらないゾ!
ということがありました。

するとどうでしょう、メインであるはずの大家の先生が、持ち時間のほとんどを返上して、「後半の討論の時にしゃべりますわ」なんていいながら降壇されたのです。(う~んさすが大先生だな)

それにつけても、自分の発表の前に聴衆が潮をひくように去っていくのは怖いですね・・・実は5月にある学会で自由論題の発表の機会を頂いているので、もし、引き潮にあったら、高尾さまの台詞を使わせていただきます。
(『地方史研究』268号を読んでおきます)

投稿: 寺嶋 吉明 | 2005/04/16 01:55

コメントありがとうございます。

オーバーする時間の程度によりけりですね。特に大会などは、時間がこんでいますから、気をつけなければなりません。報告時間がオーバーすると、全体の運営が狂いますよね。

ちなみに『地方史研究』には、わたしのことは直接はかいてなく、聴衆の動きだけがかいてあります。学生さんたちが、わらわらと会場に入ってきて、何かの用事でまたわらわらと帰っていったということらしいのです。いつもにはないことだったらしいのです。

投稿: 高尾 | 2005/04/16 07:25

>高尾さま
久々に書き込みをいたします、ギエぽんです。丁度8年前の今日にそういう出来事があったとは…非常に驚いております。
さて、講演時間と自意識過剰という問題に関して心から納得いたしました。僕を含めて周りでも、自分がどれだけ勉強したのかを知ってもらいたい、批判をされるのもイヤだからなるべく穴をつくりたくない、等々の理由で、とても時間内でこなせないような大部のレジュメを作成しがちです。でも、それは結局自分のエゴということですよね。会の運営にも支障をきたすし、折角の史料も大量にあっては論旨をうやむやにする煙幕以外の何者でもなくなる。
高尾さんの発想になるほど、と思いました。必要以上に気をはる必要も確かにありませんね。是非、今後の報告等に生かしていければと思います。

投稿: ギエぽん | 2005/04/16 22:04

司会、進行する側から言わせて頂くと、時間調整が大変です。

以前、瓦の研究会で、朝一番の若手さんの発表が押し、後トンデモないことになりました。各発表者に5分ずつ時間を削ってもらうようお願いし(ぴったりで時間を計って準備してあるので、できないと言われる人がほとんど・・・)、休憩時間、昼食を削って、尚かつ討論時間も削って何とか全体を調整しました。

昨年のとある会では、司会の私が「巻き!」サインを出し続けているにもかかわらず無視され続け、遺物検討の時間をなしにして、休憩時間も削って何とか調整しました・・・。

大家の先生は、時間が足らなくなると、大幅部分カットをされるので、ぴったりの時間で終わられますね。いつも、「さすが~!」と感嘆しております。

裏方からの意見でしたm(_ _)mペコ

投稿: 麻夢路 | 2005/04/16 22:04

ギエポンさん、コメントありがとうございます。
今日はお会いできてよかった。たのしく研究を続けてくださいませ。

投稿: 高尾 | 2005/04/16 23:30

麻夢路さん、コメントありがとうございます。

昼食・休憩時間が削られるのは、聞いている方にとってきついですよね。ヘトヘトです。報告者は運営の方のご苦労をおもうべきだとつくづく思います。

投稿: 高尾 | 2005/04/16 23:34

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