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2005/02/15

(史料)司馬遼太郎『俄』と江戸時代の「戸籍」―「宗門人別帳」について―

 江戸時代にも所謂「戸籍」があります。「宗門人別帳」というもので毎年村ごとに作成されていました。悪事などで「宗門人別帳」から人別記載を抜くことを「帳外」(ちょうがい・ちょうはずれ)といい、この「帳外」処分になったひとは「無宿」になります。
 たとえば、日常行状のよろしくない者が、行方不明になったりする場合、彼が何処かで犯罪を犯すと家族に迷惑がかかります。むかしは連座制で家族も罪を蒙るからです。それには、家族はまえもって彼を勘当処分にしてしまえばよい。縁を切れば、彼と家族とは無縁の関係になるからです。やくざ者に無宿が多いのはそのためです。
 これに関連する記述のある小説として、大坂の侠客小林佐兵衛こと明石屋万吉を扱った、司馬遼太郎『俄―浪華遊侠伝―』(講談社文庫、1972)があります。
 万吉は少年のころ、父が逐電してしまい、「泥棒」になろうと、そのむらの庄屋に自分の帳外処分を出願します。以下は万吉と庄屋とのやりとりです。

……「人別帳から、この万吉の名を抜いていただきたいのでございます」「えっ、もう一度言え」「勘当してくだされ」庄屋はおどろいた。勘当というのは、戸籍(人別帳)から名を抜いて無宿人になるという意味である。親が放蕩息子をこらしめるために勘当するというのは、よくある。が、多くはお上には内証のことで無宿人にするわけではない。万吉のいう勘当は法律上の正式の勘当で、庄屋を通じて町奉行所にねがい出、良民の籍からぬいてしまうことである。「おまえ正気か」「いかにも正気でござりまする」……「これ万吉、勘当は悪いやつが受ける罰やがそれを知っての上か。おまえは、どんなわるいことをした」「いままでは悪事を働いたことはございませんが、これからは泥棒もするかもしれませぬ」「けっ、されてたまるか」(14頁~16頁)

 万吉自身は勝手に逐電したわけではありません。このように、逐電する前に、自分からノコノコと庄屋に出かけていって「『帳外』にしてくれ」などと願うのは、あまり例のないことです。史実かどうかは知りません。
 ただ、わたしはこれと同様の事例を知っています。武蔵国入間郡赤尾村名主林家文書でみた事例をご紹介しましょう(拙稿「村の中の『江戸』―都市・村落の社会関係―」 竹内誠編『徳川幕府と巨大都市江戸』東京堂出版、2003.10)。

……名主林家日記にみえる四郎兵衛の風与出のはなしを紹介しておきたい。天保五年(一八三四)の赤尾村では、安野源右衛門という百姓が、惣百姓の意志を飛び越えて、領主川越藩の代官と癒着して強引に名主任命を獲得するという事件がおきている。そのとき村では大変な内訌があるのだが、翌年四郎兵衛と金右衛門という二人の源右衛門名主反対派の百姓は、名主林家を訪れ、「去年之一件之儀ニ付含有之候ニ付除帳ニ致し貰度」(去年の一件には腹が立ったから除帳にしてほしい)と言い出す。その妙な主張に名主は戸惑い気味に「除帳は何か悪事之ヶ条無之候ては如何」(除帳は何か悪事のことがないと無理だ)と答えた。すると二人は「右之趣出来兼候ハヽ風与出ニ相成可申、何レ我等事生男子此侭ニては差置かたく」(それが駄目ならば風与出する、男に生まれてこのままには出来ぬ)と言い返した。のちに四郎兵衛は再度「除帳」を願い出たので、当惑したであろう名主は「風与出」として処理をし、藩への報告は「悪事ニ携候趣之風聞有之」となった。四郎兵衛は江戸浅草田原町三丁目遠州屋林蔵を頼ったのち帰村している。……

 赤尾村百姓四郎兵衛は、むらで意見があわなかったことがあり、腹に据えかねて「男子の意地で『風与出』(ふとで)をする」、つまりむらを出奔して「帳外」処分になる、と自ら申し出ました。これに対して名主は当惑気味に「何か悪事がないと」と答えますが、結局名主側で「悪事に携わっている風聞がある」ということをでっち上げて、それを領主に報告して「帳外」処分にしました。そのあいだ彼は江戸浅草田原町遠州屋を頼って落ちていきました。
 これは以上にみた万吉のはなしと同様の事例です。

(付記)ちなみに、万吉が賭場で喧嘩をする場面で、再び宗門人別帳の話がでてきます。

「汝(われ)」と、親分株の中僧がいった。「どこの子じゃい」「天涯の無宿じゃ」「むしゅく?」「無宿人よ」子供に無宿人があろうか。「うそやと思うたら、北野村の庄屋へ入って人別帳をしらべてこい。御府内浪人明井采女のせがれ万吉という名に朱の棒がひかれているはずじゃ」(22頁~23頁)

 万吉のように「帳外」になったり、死亡したり、婚姻・養子等の事情でむらのそとへ出たりすると、宗門人別帳からはずされます。そのときその年の宗門人別帳に、その旨の注記が朱筆で入ります。さきの万吉の科白(せりふ)はそのことを示しています。何気ない科白ですが手が込んでいます。

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コメント

 この記事をはじめとして主だったブログ記事をウェブログ図書館( http://library.jienology.com/ )に登録させていただきました。
 共同執筆ブログの動向にも注目いたしております。

投稿: ウェブログ図書館 館長 | 2005/02/17 09:59

ウェブログ図書館館長さま、ありがとうございます。わたしのブログ・共同執筆ブログによって、文系研究者がどれほど実社会とコネクトがとれるのか、試してみたいと思っています。これからもよろしくお願いします。

投稿: 高尾 | 2005/02/17 21:43

 業務日誌ブログでも少し述べておりますように、まじめな話題のブログ記事(いわゆる良い記事や濃い記事)にも受け皿を提供できればと考えておりまして、その点では専門性と話題性を兼ね備えた歴史ブログは好適かと思います。
 ウェブログ図書館には「ブログ記事群」といって関連する記事をまとめて閲覧する機能もあり、ブログ上でひとつの話題をゆるゆると展開するブロガーにもお薦めできます。例:http://library.jienology.com/data.php?no=1487 または http://library.jienology.com/subset.php?no=-1469-1470-1471-1472-1473-1474-1475-1476-1477-

 なおウェブログ図書館では、秀逸なブログ記事を推薦いただければ登録代行もお受けしております(全ての推薦記事を登録するとは限りませんが)ので、これからもよろしくお願いいたします。

投稿: ウェブログ図書館 館長 | 2005/02/18 04:23

なるほど、それはわたしの考えていたことと同じですね。おそらく内容のあるブログの抽出作業を、誰かがやるだろう、と思っていました。

文章力のあるひとでも、わざとただの私的日記に使っているひともいて、使い方は様々なようですね。RSSでおもしろそうな題名をみて、クリックしてみたら、実は2~3行しか書かれていない記事だった……なんてことがよくあります。

とても意義のあるご計画だと思います。

投稿: 高尾 | 2005/02/18 08:16

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