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2005/02/06

(お菓子)串団子はなぜ4玉か?

 串団子はなぜ4玉か?
 これはいろいろな本に紹介される話です。……『ふるくは一串5玉あって5文の価で売られていた。しかし明和期に四文銭が発行されて以来、一串4玉になって価も4文になった』……。わたしは長らくこの話の史料出典を知りませんでした。本当の話なのかどうか? と疑いの目をもって考えてきました。
 しかし、前回の「かっちん」さんのご教示によって、学術雑誌『日本歴史』572号(1996.1)に、鈴木晋一さん(日本風俗史学会会員)「団子の玉がなぜ4玉になったのか」というエッセイがあることを知りました。そこに史料出典が明らかにされています。勉強になりました。
 鈴木さんによると、庶民の生活にも精通していた平戸藩主松浦静山(1760―1841)の『甲子夜話』続編巻四十一の中に、その事情を記した箇所があるのだそうです。

世に串ざしの団子、一串に五団を貫くこと尋常にして、一団一銭に換ふ。然るに此頃は一串四団を貫くことに成りたりと。その故は、明和の頃四当銭行はれしより、群雑の間は四当銭を以て欺ひて一串に換ふ。售(う)る者知らず、後にこれを悔ゆ。因てこれが為に一串四団にして、邪沽の患を免る。是よりして世上一般に及ぶと。
『甲子夜話』続編巻四十一

(高尾補注)つまりこういうことです。『世の中の串刺しの団子は一串5玉がふつうで1玉1銭である。しかしこの頃は一串4玉になったという。その理由はというと、……明和の頃、四文銭が流通したことにより、ひとごみの中で、四文銭で騙して一串5文を支払ったようにみせかけた。売る者(団子屋)はこれに気がつかず、あとでこれに気がついて悔しがった。このため一串4玉にして(つまり一串4文にして)わるい客の作戦を防いだ。……これが世上一般に及んだということである。』

これに対して鈴木さんはこういいます。

 この四文銭が流通するようになっていくのだが、静山はそれを団子屋の自衛手段によるものだとしている。つまり客が混雑しているとき、一串五文の団子を客にこまかされて四文銭一枚で売ってしまって損をするからだというのだが、それはおかしい。……五文銭があれば団子屋はこまかされたかもしれないが、江戸時代を通じて五文銭があったためしはない。……一文銭を〝一(ひ)い、二(ふ)う、三(み)い〟と並べていけば落語の「時蕎麦」のように、一文ぐらいごまかせたかもしれない。しかし、一串買って四文銭ではごまかしようがなかったはずだ。下情にも明るかった静山としては、これは珍しいミスだった。

 しかしわたしは鈴木さんとは違った解釈をしました。静山の「ミス」ではないと考えます。
 素人考えをします。史料をみますと、文末が「と」で結ばれています(2箇所、「成りたりと」「及ぶと」)。この「と」が伝聞の意であるとすると、この箇所全体は、静山自身の考えではなく、静山が誰かから聞いた話になります。したがって、静山の「ミス」ではなく、静山が、実際に世上に流布していた話を、書き写したに過ぎない、ということになります。
 「群雑の間は四当銭を以て欺ひて一串に換ふ」といいますが、どうやって四文銭で5文支払ったように見せかけるのでしょう? そのトリックを想像してみます。
 四文銭流通以後の団子代5文の支払い方法は、①一文銭5枚で支払う方法(1+1+1+1+1=5)と、②四文銭1枚・一文銭1枚の都合2枚(4+1=5)で支払う方法とがあります。もちろん、後者②で支払う方が楽です。「群雑の間」、つまりひとごみの中なら、なおさら後者②で支払ったでしょう。
 次に、②の理解にたち、四文銭・一文銭2枚を重ねて支払う場合を想像してみましょう。四文銭は一文銭よりサイズが大きめですから、四文銭の方を上にした場合、一文銭はスッポリと四文銭の陰に隠れてしまう。だから、もし悪い客が「あいよ、五文だ!」と言いながら四文銭1枚を手渡したとすると、受け取った団子屋はてっきりその下に一文銭が隠れていると勘違いしてしまう(注1)。「群雑の間」ですから、銭を差し出した手が、熊さんの手なのか八っつあんの手なのか判然としない。団子屋が「くそっ、だましやがったナ」と悔しがってもあとの祭り。
 それで団子屋は「それならいっそのこと、玉をひとつ減らして四玉の串団子にして、それを四文の価で売ってしまえ」と考えたのではないでしょうか。どうでしょう?

 以上の話とは違いますが、そういえば、現代の消費税導入のとき、ジュースを110円とするか100円とするか、問題となりましたね。結局客の便利のため、ワン・コイン100円で支払うことが決められました。しかしいまは110円・120円・150円が多くなりました。

(注1)四文銭に較べて一文銭はとても薄くて小さいのです。

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コメント

折しもちょうど新札切り換えの時期ですね。
私は2000円札が
この団子のお話のような影響をもたらすか
どうかに注目していたのですが、
どうやらほとんど流通せずに消えそうな
様子ですね。
2のつく貨幣は
西欧に比べて日本では居場所がないんですね。

投稿: bun | 2005/02/20 12:29

なるほど。2000円札が流通すれば値段表示もそれにあわせて…ということになりそうですが、2000円札は何処へ行ってしまったのでしょう。先日職場で「どんな図柄だったっけ?」という話をしました。もう忘れそうです。

投稿: 高尾 | 2005/02/20 15:08

お返事ありがとうございます。
国税庁では給料の一部が2000円札で
支払われたりしたそうですが、
確かにこのまま尻すぼみで終わりそうですね。

それにしても貨幣の流通について
振り返ってみると皇朝十二銭をはじめ、
むしろ流通しなかった
貨幣ばかりが思い起こされます(笑)。

2000円札の図柄は源氏物語絵巻でしたね。
余談で恐縮ですが、
発行前に、源氏物語を訳された
瀬戸内寂聴さんのところに
大蔵省印刷局から図案に関する相談が
あったそうです。
ところがことごとく氏のアドバイスが
聞き入れられず、
もともと大蔵省で決めてあった図案に
決定したため、発行当時に氏が
不満をもらしていらっしゃいました。

今のこの2000円札の流通の様子を見て
氏は改めてどうお考えなのか
お話しを伺いたい、などと
思っていたところです。

また、団子につきましては何の勉強もせず、
勝手に(多分そろばんの玉(下の4つ)に
似せたのだろうな)などと素人考えで
推測していました。大変勉強になりました。
ありがとうございました。

投稿: bun | 2005/02/20 16:53

そんな絵柄でしたね。人物が大きく描かれるという従来型の絵柄ではなかったから、出た当時は斬新な感じをうけました。

2000円札の流通についてどう考えるか、わたしは経済の専門家ではありませんのでよくわかりません。ただ個人的には、1000札・5000札・10000札でいいような気がします。5000札で充分に札がかさばることを避けているからです。

投稿: 高尾 | 2005/02/20 17:09

私もご高見に賛成です。
2000円が混じると
支払い方法の組み合わせが急に増え
確認しづらくなるのが
どんなものかと存じます。

投稿: bun | 2005/02/20 19:15

「高見」ってもんじゃありません。単なる思いつきです。みなさんも同じことをお考えでしょう。

投稿: 高尾 | 2005/02/20 20:13

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