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2005/02/09

(専門書拾い読み②)清水邦夫さん「新史料至上主義に疑問」 西海賢二さん「悲しい現実」 『地方史研究』310・311

 歴史研究の論文の世界では、興味深い史料を探してきて翻刻(くずし字を楷書<活字>に直すこと)し紹介するという、所謂「史料紹介」という付加価値を意識することがあります。史料の多い江戸時代史ならなおさらです。論旨はさることながら、史料を紹介すること自体にも価値が発生するのです。英訳すること自体に意味があるのと同じです。
 わたしは「おまえは相変わらずおもしろい史料を探してくるなあ」と先輩から感心されたことがあります。もちろん「宝探し」が悪いわけではありません。あたらしい史料を探るのは結構なことです。しかしそればかりではいけない。みんなが知っている、すでに紹介されている史料を使って、独自の視点でそれに切り込み論じる能力がなければいけない……。それに関して清水邦夫さんの論考から。

小稿は新史料至上主義に疑問を呈する立場から一度は研究に用いられた史料に基づき考察する。論文掲載・言及なしという意味で新史料といえるのは史料⑥・⑦・⑧、および史料③・⑨の一部である。
(清水邦夫「地誌調についての一考察―武蔵国埼玉郡騎西領・忍領・八条領の事例を中心に―」『地方史研究』310、2004.8)

 また、同じ『地方史研究』誌上から、西海賢二さんの文章もご紹介しましょう。これは行政の世界ではよくある光景です。

(高尾注、相模原市立博物館の展示に寄せて)……なお、相模原の展示は三回拝観する機会があったが、二回目だったか近世史(古文書)を専門とする学芸員が国民健康保険課移動になり、代わりに配属された者は学芸員でもなく門外漢の人が移動してきたとのことを職員の人たちが嘆いていたが、博物館の維持管理が経営上に厳しいという現況にあっても学芸員の資質が殺がれるような移動は地域博物館にとっては悲しい現実なのである。
(西海賢二 展示批評「『二つの石像物展示』によせて」『地方史研究』311、2004.10)

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