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2005/01/10

(雑感)「学問サイト」はどうあるべきか

 このブログ名は「江戸時代研究の休み時間」ですが、書いている本人に「休み」感覚はありません。わざとやっていることとはいえ、題材や語り口も固く、駄文ながらも1エントリーを書きあげるたびに、やれやれといった感じです。もっとも充実感はあります。そして面白いからやっているのです。

 これを書くためにネットで勉強もしています。たとえば、当ブログ作成の参考として、普段から様々な研究者の方のサイトを拝見しています。どれも研究者離れした力作揃いで、そういった所謂「学問サイト」はいろいろなところで紹介され推奨されもし、数は少なくありません。
 しかし、わたしのみた限り、その「学問サイト」のほとんどは、その学問分野にある程度知識がないと、理解できないものです。初心者にもとっつきやすいものが少ないと感じました。もちろん、それがわるいというわけではなく、おそらく研究者仲間・学生では重宝されるだろうし、「門外漢にはムツカシイということがわかる」ということ自体、門外漢にとって、ひとつの知的収穫かもしれない。しかし、さらに欲をかくならば、初心者をもっと意識したサイトづくりを心掛ければ、世間的認知もより広まるし、つくった意義も深まるし、ひととの交流も活発になって、新しい発見もあるのではないか、と感じます。それは当ブログにおいても心しなければならないことです。

 この問題は学問のありかた自体の問題でもあるかもしれません。
 わたし自身いままでは(いまでも)学会人間です。学会に出て興味深い発表を聞いて、自分でも発表をしますし、学会の運営にまで深く関わってきました。その仲間うちでは「これは重要な問題だぞ」と興奮をし議論を深めたものでした。もちろん、学会に出なくとも学問はできますが、学会は自分にとって重要な契機付けを与えてくれる場で、いまの自分をかたちづくった重要な要素だといえます。
 一方、この学会というのがある意味「くせ者」で、心の何処かに「これではいけない」と思っている自分もいました。……学会はたしかに重要なんだけど、何か大切なことを見落としてはいないだろうか? 学会の仲間はほんの少数の研究者で、研究会のお客さんも研究者で、発行する雑誌の読者も研究者。この学会活動とともに、もっとひろい世間をも相手にしていかないと、「井戸の中の蛙」になってしまうのではないか? と。ずいぶん前から、その「ひろい世間をも相手にする」試みとして、ネットはとても重要な手段だと考えていました。それでこのブログを立ち上げてみたわけです。だからこの場では、自分の研究等について、わかりやすく明快に語ろうと心がけています。
 しかし、当ブログがその試みに耐えうる資格があるかというと、なかなか心細い感があります。作成者であるわたしも、ちょっとのことしか知らない未熟者で、とても専門家面して歴史研究者を代表して発言することなどできません。もうちょっと仲間を増やさないいけない、と考える今日この頃です。ただ、学会での飲み会では、世の中と学問との関係について、熱く勇ましい発言をなさる方が多いので、さほど悲観はしていません。

 それで最近、小林信也(こばやし・しんや)さんに、ブログの作成をおすすめしました。そして実際開設なさっています(歴史系ブログ一覧参照)。「思い立ったらすぐ実行」という態度は快いばかりです。
 小林さんはわたしにとって職場の同僚で、研究の大先輩でもあります。東京大学で博士(文学)号をとり、最近その博士論文を『江戸の民衆世界と近代化』(山川出版社)にまとめられました。有名学術雑誌にも投稿してきた、ある意味〝アカデミックな世界の王道〟を歩いてきたひとです(ご本人はこれに対してどういうかはわかりませんが)。こういうひとがブログをやると、どういうことを発言するのか、個人的には非常に興味のあるところです。そして、小林さんのブログの題名「江戸をよむ東京をあるく」は、フィールド・ワークや現在おこっている問題を重視しながら歴史を考えるという、ご自身の学問スタイルを表現した言葉でもあります。こういう方だからこそ語ることのできることがある筈です。
 すこし拝見したところ、題材の選び方や語り口も(わたしよりも)くだけていておもしろいし、趣味の話もお入れになっているところがよい。歴史に関係のない方にとっても、とっつきやすいブログになると期待しています。

(付記)当ブログ「江戸時代研究の休み時間」が、「ココログ 木村剛モノログ横町 トラックバック井戸端会議 まとめ、殿堂入りモノ」に殿堂入りしました。木村剛さんありがとうございました。

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コメント

私の基本的な考えは、一般人にわかりやすいを目指しています。
できるだけ平易に、業界用語は使わないように・・・。
と言いながら、最近は雑談ばかりですが(泣)

投稿: amuro | 2005/01/13 23:21

amuroさんのブログ、たしかにわかりやすくて面白いですよ。学芸員の本音が窺えて貴重だと思います。
文章にとても特徴がありますね。もしちがうハンドルネームでお書きになっても、きっとamuroさんだとわかると思います。

投稿: 高尾 | 2005/01/13 23:50

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