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2005/01/07

(雑感)研究人がネットで実名を名乗るとき

 わたしは、このブログ「江戸時代の休み時間」を、実名「高尾善希」として書いています。実名ばかりでなく、写真も履歴も職歴も論文名も、全て公開しています。公開していないのは、家族の氏名や年齢、あるいは住所・電話番号くらいでしょう。ネットでは「実名を晒す」という表現があるくらいで(この場合は「自分の意図によらず他人から実名を暴露されること」をさします)、あまりいいイメージはありません。だから「(実名で書くなんて)勇気がありますね」といわれます。たしかに、文系の研究人としてはかなり変則的・大胆な行為で、道の真ん中で裸で寝ころんでいるようにみえます。
 しかし、実際のところは、実名にしろ匿名にしろ、どちらにしても得失はありましょう。ネットの玄人のかたにいわせると、「実名か匿名かというよりも、書く内容による」のだそうで、たとえ匿名でも、ひとから恨まれるような過激な書き方であれば、トラブルに巻き込まれやすくなるのだそうです。たしかに、総務省によるネット・トラブルの調査によれば、実名よりも匿名のほうがトラブルが多いのだそうです。これは意味深な結果です。ちなみにアメリカでは、ネットでも新聞でも実名で書くことは珍しくないようです。それに従ったわけではありませんが、あえてここでは実名で書くことを選択しました(注1)

 わたしがこう思うのは「ネット初心者」だからなのもしれませんが、……いまここでわたしがやっていることは、雑誌に気軽なエッセイを書くことと何ら変わりはなく、単に、使われる媒体が紙かデジタルデータかの違いがあるだけです。たしかに、ひとの目に触れる機会は、デジタルデータの方があるかもしれませんが、不特定多数のひとに文章を公開するという基本的な要素は雑誌と同じです(ただ、雑誌に文章を載せるには、入稿してゲラにし、ゲラ稿にあかを加え、何稿かをくりかえします。しかしネットならばその面倒はない。自分がみつけた史料や突然に思いついたこと等を、すぐに書いてゆくことができます。書いたあとでも、間違いに気がつけば、簡単に訂正することができる。雑誌ならそうはいきません、ゲラ稿であかを入れそこなったらおしまいです)。
 雑誌に投稿するのだって、実名なんだから、ネットで文章を公開するのも、やはり実名です。

 実名で書いていますから、全責任は自分にあり、その緊張のうえで記述します。だから、流行の匿名掲示板のような記述形式・内容にはなりえません。わたしの場合ちょっとオーバーで、―お気づきになったかたもあるかもしれませんが―、わたしの文章は、一貫して「です・ます」調、ネット特有の「顔文字」さえ、一切使用していません。もっとも、ここまでやる必要はないかもしれませんが。
 その一方で匿名には匿名の価値があります。わたしも匿名掲示板に大きな価値を認めています。しかし、匿名掲示板には幾つかの難点がある、と思います。それは、誹謗中傷が多くなることや、情報の信用性の有無が閲覧者に判定できない等です。後者、信頼性の判定の問題は重大です。厖大な匿名の書き込みの中にも、―匿名であるがゆえの―、重大な情報が書かれているかもしれないのに(たとえばタレコミ情報等)、―匿名であるがゆえに―、ニュース・ソースをちゃんと把握できない。隔靴掻痒の感がなくはありません。
 有効な人的交流を目的とし、かつ、「まじめな文章を書く」という、このブログの使用目的から鑑みれば、そのニュース・ソースを明示したほうがよい、つまり、わたしの実名・履歴等を明らかにした方がよいのではないか、と考えました。理系の研究者にとって実名公開は珍しくもないけど、特に文系のひとにとっては、コロンブスの卵で、意外とおもしろいんじゃないないか、と思ったのです。

 さきに、実名でも匿名でも危険な場合は危険だといいましたが、それでも、実名であるが故の危険性は常にあって、危険がゼロにはなりえないことは充分認識しています。例えば、家にいるよりも外で歩いている方が危険であるのと同じように、実名でぶらぶらしているわけですから、何らかのトラブルに巻き込まれる危険をなしとはしません。家に籠もってなにもしていないのが一番安全です。また、文系の方々が、ネット実名公開について、どのようなイメージをもっているのかも、気になります。「はしたない行為だ」等と思われていないかどうか。それに対しては、まあ、読んで下さい、というしかありません。
 しかし、この危険性・危惧をのりこえて、ここでは何か大きなものを得ることができると考えています。それが何なのかわたしにもよくわかりません。ただ現時点では、―詳しくは書けませんが―、このブログのお陰で、驚くほど人脈が広がりましたし、自分の研究意欲向上にも益があります。

(注1)人文研究者でも実名でブログを運営していらっしゃる方もいます(たとえば欄外「歴史系ブログ一覧」参照)。なおネットにおける実名・匿名問題については下記ブログが参考になります。津村ゆかりさん「技術系サラリーマンの交差点」カテゴリー「匿名・実名」 木村剛さん「週刊!木村剛」「匿名の人はコミュニティを壊す権利を持っているのか?」。トラックバック先もあわせて参照して下さい。

※このエントリーの転載、どうぞご自由に。

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コメント

とても考えさせられました。
わたし自身は、パソコン通信歴が長いので、「ラン2」というハンドルネームを、WEBサイトを開設したときにも使い続けました。
でも今考えると、実名にしておけば良かったと後悔。
その理由は、著作権を侵害されること多すぎます!

投稿: ラン2 | 2005/01/07 22:57

ハンドルネームでも、要はペンネームと一緒だから、著作権を主張できるのでは? ご主張なさったほうがいいのではないでしょうか。

投稿: 高尾 | 2005/01/08 00:06

初めまして、takaと言います。いつも楽しみに読ませてもらっています。書き込みは初めてでした。
 インターネットという広い世界で実名を名乗られている高尾さんは凄いと感じました。これからもがんばって下さい。

追伸
 東京都公文書館の史料、知名度的にも国立のそれに押されないよう、もっと所蔵史料を紹介してアピールして下さい。
 また、中高生向けにもおもしろいテーマを振ってあげて下さい。最近では江戸開府400年や開国150年のあとは…元和偃武から390年でまたイベントもありそうですから…。

投稿: taka | 2005/01/08 19:02

takaさんコメントありがとうございます(わたしと顔見知りの方のような気がしますが)。国立公文書館も優秀ですが、東京都公文書館も劣らず優秀です。いろんなところで宣伝する必要性は職員として痛感しています。
このブログは歴史関係者以外のひとでもわかりやすいように書かれています。たぶん「古文書入門」コーナーなどは、ちょっとおませな中高生でも理解できるかと思います。ただ、題材がかたいのは致し方ないでしょう。もし中高生向けの記事をつくるなら、中高生向けのブログをもう一個つくった方が効果的だと考えています。

投稿: 高尾 | 2005/01/08 21:10

実名、ハンドルネームどちらでも、いいと思うものを使えばいいと感じます。

私の場合は実活動はもちろん本名ですが、ネットは数種のハンドルネームを使い分けています。それが、一応ネットにおける作法の様なものですから・・・(違うかな?)。

実名で運営されている方は、BBSなどの議論に参加しないと決めている方が多いですね。
テキストだけで議論するのはなかなか難しいのは、2ちゃんを見たりすればわかりますが、ちょっともったいないような気がします。

投稿: amuro | 2005/01/13 23:30

書きましたように、わたしも、実名・匿名どちらにも価値ありと考えています。目的別に分ければよいのかもしれません。
また、ご指摘のように、匿名BBSには実名で参加するひとは極めて稀なようですね。わたしも実名では参加しないようにしています。対等に議論できるかどうか不安だからです。

投稿: 高尾 | 2005/01/13 23:46

先生のページにやっとたどりつきました。
12月のセミーナーの件で伺いたい事がありますのでメールを頂けませんか、いままでソニーのバイオでしたが娘の薦めでマックにしましたため使い勝手がいまいちでご迷惑をおかけいたします。

chieyamaguchi @nifuty.com

寺子屋品川宿、山口千恵子

投稿: | 2005/10/23 14:31

山口さん了解です。翌日朝メールを送信いたします。

投稿: 高尾 | 2005/10/23 20:53

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