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2004/11/21

(反省)論文を書け!

 学術雑誌「日本歴史」(676号)の彙報欄(「はがき通信」)で、義江彰夫さん(古代史)は、いまの就職難と論文の質との関係について、次のように言及されています。

自分を棚に上げて恐縮だが、最近これはすごい、という論文に出会うことが減って来た。不透明な時代・就職難・職務の多忙化等に規定され、じっくり論文を書くゆとりがなくなったことは、私にもよく分かる。しかし長い目で見ると、この現状の固定化は空恐ろしい事態を招くのではないか、という恐れが胸中を去らない。今こそ将来を展望する腰の座った学問が求められているのではないだろうか。
 たしかに、たとえ原稿枚数が少なくても、入魂の1本の論文を書こうとすれば、かなりの時間を費やすものです。それでも業績論文1本としかカウントされません(注1)。それでは業績本数がものをいう就職に不利です。また、悲しいかな、呻吟して時間をかけたからといって、必ずしもいいものが仕上がるとは限りません(しかし、その呻吟がなければ、学問の発展はないのも事実です。学問は効率性を追求するばかりでは駄目ですが、そこが世間様にはなかなか認知されないところです)。
 わたしはというと、恥ずかしながら馬鹿正直で、「どうしようか、こうしようか」で、結局8年を費やした論文があります(もっとも、仕上がったものは別にたいした内容ではありません)。口頭報告をしたまま、活字にしていないものも、幾つかあります。このまま成仏させるのも勿体ないと思うのですが、なかなか筆が進みません。こればかりは性格なのでどうしようもありません。だから、わたしの場合は「腰の座った学問」でなく、単なる不器用です。

(注1)寡作をもって知られた、ある有名な先生の業績目録をつくったことがあります。なるほどほんとうに寡作でした。しかし一本一本が〝重たい〟のです。論文を切り売りをせずまとめて一本にしてしまう。無欲と博学の先生です。

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コメント

奇しくも、下記のブログに似たようなテーマでのご意見が書かれていました。ご参照下さい。

http://amuro1900.exblog.jp/1342433/

私も、去年あたりは締め切りの重なっている論文があって、2週間に1本のペースで書いたりして・・・。当然、あとで新史料が出てきて「う゛っ!しっ、しまった〜」(T.T) 後の祭りでございました(。>0<。)

投稿: くま | 2004/11/23 00:22

わたしも去年は5本くらい論文を書いていました。何れも、自主的に投稿したものでなく、お誘いをうけて書いたものです。誰かから「やれ」といわれないと腰が立たぬ、というのではダメですね。ほんとうに反省です。

投稿: 高尾(管理人) | 2004/11/23 21:23

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