« (思い出)祖母と勉強机 | トップページ | (地震)続・尾張藩士の日記にみる地震予兆現象 »

2004/10/24

(地震)尾張藩士の日記にみる地震予兆現象

 新潟県等に大きな地震がおきました。被害にあわれた方にはお見舞い申し上げます。わたしの住む東京もかなり揺れを感じました。
 みなさん、このような地震の大惨事に直面すると、「もしも地震が予測できたなら、どんなにいいだろうに」とお感じになることと思います。実際そのような研究はないこともないのです。……地震の前には、その予兆を示す現象が、確認されることがあります。これを「地震予兆現象」(seismic forerunners)と呼びます。何か“トンデモ説”のように思われるかもしれませんが、学術的研究がすすめられている現象です。発生原因等の科学的分析は、まだ完全には追求できていませんが、現象自体の報告事例は、山ほどあります(たとえば、先日お亡くなりになった、力武常次さんのご著書があります。力武常次『地震前兆現象―予知のためのデータベース』東京大学出版会、1986)。
 むかしから「地震の前にはナマズがあばれる」といいますが、それも地震予兆現象のひとつです。地形変化・地鳴り・空の発光現象・海や井戸の水位低下・地震雲・動物異常行動等があげられます。
 きょうは、尾張藩士朝日文左衛門の日記「鸚鵡籠中記」から、わたしがみつけた地震予兆現象と思われる記事を3つ、ご紹介することにしましょう(この部分は何故か東京大学地震研究所『新収日本地震史料』に抜け落ちているため、特に史料を引用して記しておきましょう)。

○元禄16年(1703)11月23日「元禄大地震」5日前・1日前の記述
元禄16年(1703)11月18日(新暦12月26日)「(江戸)昨日、四ツ谷辺火之玉空よりおち候よし。」元禄16年(1703)11月22日(新暦12月30日)「(名古屋)丑半刻、遠くひゞきの音聞ゆ。後に聞之ば、光物飛と。」
 18日条の江戸における「火之玉」、そして22日条の名古屋における「ひゞきの音」「光物」の記述は、23日の「元禄大地震」(関東南部、相模・房総で被害が大きかった。推定マグニチュード8の巨大地震)の地震前兆現象の可能性を指摘することができます。

○宝永4年(1707)10月4日「宝永大地震」1日前の記述
 宝永4年(1707)10月3日(新暦10月27日)「(名古屋)三日……夜。雲間甚光る。電の如にして勢弱し。」
 月が出ていないようなので月光ではありません。「電の如」とあるから雷でもないでしょう。これは1日後の宝永大地震(4日、中部・近畿・四国・中国・九州、推定マグニチュード8の巨大地震)の地震予兆現象の可能性を指摘することができます。

 空の発光現象は、地盤のきしみによる大気中のプラズマが原因、と予測されています。上記史料中の「火之玉」「光物」「甚光る」という記述はそれかと思われます。

自然災害クルマエニにくわしい情報リンクあり

|

« (思い出)祖母と勉強机 | トップページ | (地震)続・尾張藩士の日記にみる地震予兆現象 »

コメント

またまたどうも、弓木です。
10/5朝日新聞に、アメリカの地震予知の話が出ていました。地震の前には地層のずれ→水蒸気の変動が起こるので、それを観測することで、アバウトながら地震予測ができるそうです。もっとも日本では湿気が多く、使えない方法らしいですが。また10/22には、「月の重力が地震誘発」の記事もありました。
ところで、かの有名な「島原大変」の時には、藩の武士たちが命も省みず救出・復旧に奔走したといわれています。勝海舟・司馬遼太郎・鈴木眞哉なども、江戸時代の武士たちは実によく民政をやっていたと言ってますが、これは他の藩の災害のケースでもそうだったのでしょうか? たとえば福岡黒田家などは、無能無策だったみたいですが…。
いやどうも、地震の報を受けても映画を観てたという小泉首相の話など聞くと、武家支配の方がマシだったかなーと思ったりしたもので…。

投稿: 弓木暁火 | 2004/10/24 21:44

 大気中の水蒸気はプラズマが関係しているようですね。地震雲もその影響だったかと思います。江戸時代の支配層は、常に社会の側から「仁政者たるべく要求されていた」のではないか、と思います。それが江戸時代の政治の成熟といえます。でも、現在の総理大臣とくらべ立派か? については……、さてどうなのでしょう。江戸時代は前近代社会ですが。

投稿: 高尾(管理人) | 2004/10/24 22:26

私は今、内閣府の「災害教訓の継承に関する専門調査会」というのに参加しているのですが、今回はいろいろと考えてしまいました。どうしたら歴史を即戦力として生かせるのか。歴史研究者の責任は重いと感じました。

ところで、私の運営しているサイト「江戸・江戸・江戸!(通称・くまサイト)」の方に、遅ればせながらリンクを貼らせていただきました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿: 江戸家守 | 2004/10/26 16:58

リンクをありがとうございました。たいへん励みになります。こちらにもリンクを貼らせて頂いてよろしいでしょうか。さて、新潟に「地震雲」が出た、と写真付きで新聞に出ていました。この種の雲は近世の日記の中にも出てくるのです(安政大地震のとき)。出典は失念しました。おもしろい史料に出会っているのですが、どんどん忘れてゆきます。ここは備忘録のようなものです。

投稿: 高尾(管理人) | 2004/10/26 22:02

リンクの件、恐縮ですm(_ _)m よろしくお願い申し上げますm(_ _)mm(_ _)m なお、内閣府から、近々「安政大地震」の報告書が刊行されることになっています。要注目ですね。

投稿: 江戸家守 | 2004/10/26 23:38

リンクを貼らせて頂きました。報告書が出るのですか、ご教示ありがとうございました。

投稿: 高尾(管理人) | 2004/10/28 08:23

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56058/1759449

この記事へのトラックバック一覧です: (地震)尾張藩士の日記にみる地震予兆現象:

« (思い出)祖母と勉強机 | トップページ | (地震)続・尾張藩士の日記にみる地震予兆現象 »